スーザン・J・ファー氏 国際交流基金賞 受賞記念講演会「日本の女性のための充実した人生」

取材&構成:徳橋功
ご意見・ご感想は itokuhashi@myeyestokyo.com までお願いします。

 

dsc01661

学術、芸術その他の文化活動を通じて、国際相互理解の増進や国際友好親善の促進に、長年にわたり特に顕著な貢献があり、引き続き活動が期待される個人または団体を顕彰する「」。44回目を迎えた今年は、蔡國強氏(中国)、スーザン・J・ファー氏(アメリカ)、ブラジル日本語センター(ブラジル)に授与されました。その中から、今年はハーバード大学教授であり、同大学ウェザーヘッド国際問題研究所で日米関係プログラム所長を務めるスーザン・J・ファー氏による講演「日本の女性のための充実した人生」のもようをお伝えいたします。

ファー氏はハーバード大学で教鞭を取ると共に、日本の専門家としてこれまで日本の社会や政治の在り方を見つめてきました。日米を中心とした国際相互理解増進への貢献に対し、ファー氏に国際交流基金賞が贈られました。

「これまでの国際交流基金賞受賞者のお名前を拝見した時、まるで自分がカリフォルニアのセコイアの森の1本の楓の木のような気持ちになりました。非常に有名な方々が受賞されたので、私がその中に含まれたことを大変光栄に思います」。そのように述べたファー氏の日本研究の出発点となったのは、戦後日本における女性の政治参加の調査であり、やがて日本人女性の活躍やリーダーシップの研究に及びました。今回の講演は、長年に渡り親交を深めてきた評論家の坂東眞理子氏が学長を務める昭和女子大学で行われ、これから社会に旅立つ学生たちへのエールを込めて、自身が過去40年にわたり見つめてきた日本人女性の地位の変化についてお話ししました。

講演@昭和女子大学コスモスホール(2016年10月21日)
撮影:

 

*ファー氏によるご講演を、内容を要約させていただきご紹介いたします。  

 

「充実した人生」への3つの道

1970年代後半、日本の社会学者である慶応大学名誉教授の岩男寿美子さんがある記事を書かれました。今日の講演のテーマにもなっている「A Full Life of Japanese Women(日本人女性の充実した人生)」というものです。遠い昔、日本において – 他の国々もそうでしたが – 多くの女性たちが“専業主婦になること”に充実した人生を求めました。その場合、家の外で全く仕事を持たないという人生だったわけです。

やがて戦後になり、充実した人生には“家の外で仕事を持つ”ことも含まれるようになりました。そして充実した人生を送るために3つの道があると考えられるようになりました。

①専業主婦になり、夫が一家の大黒柱になる。
②夫婦共に働く。
③独身でいる。

1970年代の日本では、35〜39歳の女性の未婚率は5%に過ぎず、独身女性が非常に少なかった。そのためほとんどの女性にとっては共働きか、夫が大黒柱になるか、そのいずれかを生きる道として選ぶという状況でした。

それぞれの道には、女性にとっていろいろな障害がありました。まず①の「専業主婦になり、夫が一家の大黒柱になる」という道ですが、これはある意味良さそうにも見えます。しかし問題が発生するのは、女性がもう一度仕事に就こうとした時です。面白く、ある程度給与がもらえる仕事がしたいと思っても、一度仕事を辞めているのでそのような仕事に就くのはなかなか大変です。もし離婚していたり、夫に先立たれたり、夫が失業していたり就業不能になっていたりすると、妻の状況は非常に大変になります。たとえ夫が変わらず稼ぎ手であったとしても、妻にとっては希望が持てないでしょう。なぜなら、もう一度仕事に就くのがなかなか難しくなっているからです。

そして②の「共働き」です。女性は仕事を続けますので、昇進する可能性も大きくなりますし、大変やり甲斐がある仕事を任されるかもしれません。しかし、それらが家庭を持つ女性のことを考えて設計されたものであるとは限りません。仕事をこなしながら、同時に家族の面倒を見る、そのバランスを取るのが大変になってしまいます。さらに夫の方は、特に日本においては、育児や家事を手伝う時間がほとんど無いという状況があるため、妻はさらに大変になってしまいます。

 

女性が働く2つの背景

そもそも、どうして女性は仕事をするのでしょうか?

まず1つは、今起きている世界的な変化として、女性の教育水準が向上する中で、女性自身が「働きたい」「広い世界を見てみたい」と考えるようになっていることが挙げられます。もう1つは、特に先進国において、国の成長が横ばいになる中で、女性はある程度のライフスタイルを維持するためにも仕事をしなくてはいけないと思うようになったこと、あるいは家族の生活水準を上げるためにも仕事をしなくてはいけないと女性が感じるようになったことです。

特に日本のような国では、世帯所得が“失われた10年”で下がっていく中で、多くの夫婦が生活水準を下げることを避けるために、共働きという道を選んでいます。そのような経済的理由から女性も仕事に就くという状況が生まれています。

岩男先生が記事を書かれた1970年代当時の雇用環境は、今日に比べて大変悪いものでした。私が初めて来日したこの頃、仕事の求人において男性向けと女性向けの仕事は全く別々に募集されていました。女性の仕事は大体男性管理職のアシスタントで、会社によっては男性よりも早い段階で退職を奨められるような状況も発生し、それらをめぐる裁判も多く起こりました。また男性と女性の間の賃金格差もかなり大きなものでした。1970年代初め頃の管理職比率を見ると、女性のそれはわずか3%でした。

1975年、国連が女性に対するあらゆる形態の差別撤廃に関する条約を採択し、各国に批准を求めました。日本はそれを批准し、女性の職場環境の改善に取り組まなければならなくなりました。その後1980年代には、女性の雇用環境は大きく変わりました。経済が伸び、女性の労働者比率が上がり、1985年には、女性が労働人口に占める割合が36%に達しました。日本で女性が権利や機会を求める女性団体が生まれ、世界においても女性差別をやめる動きが広がっていきました。これらが「男女雇用機会均等法」の成立につながり、わずか3%であった1970年代の女性の管理職比率は、1990年代には11%にまで増えました。

 

女性管理職が少ない3つの理由

しかし当時のアメリカのそれは44%、シンガポールのそれは34%でした。他の国と比べてかなり低く、つまり改善度は期待したほど大きくなかったのです。なぜ、それほど大きく改善されなかったのでしょうか?

1つの大きな要因は、経済が縮小し始めた1980年代〜90年代初頭に起きた“失われた10年”です。それまでに多くの女性の雇用を推進したり、女性に雇用機会をを与えようとしていた会社は、経済縮小の中でだんだんとその歩みを止めていきました。

これには政治的な側面も理由として挙げられると思います。ある研究によると、働く女性を支援する政策の状況を見るには、女性国会議員数を見るのが一番良いとさえ言われています。当時の日本では女性の政治家の数が非常に少なく、他の先進国も同じような状況でした。しかしその後、他の国では女性議員数が増えていったのに対し、日本ではあまり変わりませんでした。

日本で女性の雇用状況の改善があまり進まなかったもう一つの理由として、高齢化社会が挙げられると思います。ご高齢のご家族の面倒を見なくてはならないため、女性が仕事を辞めたり昇進を諦めるという状況が生まれてきます。ゴールドマン・サックスの調査によれば、日本の女性が仕事を辞める理由として「育児」が32%、「高齢者の介護」が38%でした。

さらにもう一つの要因は、移民政策です。女性の雇用とあまり関係が無いように思われるかもしれませんが、多くの国では家事を移民がまかなっているということがあります。マルガリータ・エステヴェス・アベという学者の研究によれば、スペイン・イタリア・日本を比較した上で、移民政策が女性管理職・専門職の数の判断材料になるということが分かりました。

こうした理由から、 日本での女性の雇用状況は他の国々に比べて大きくは進展しませんでした。

 

新しい選択肢を獲得した女性たち

しかし現在の状況は、私は最高だと思っています。日本で女性として生きているということは、大変素晴らしい機会や恩恵を受けることにつながると思います。なぜそのように考えるかと言うと、楽観視できる根拠がたくさんあるからです。

その一つが、ここ数年の日本の女性たちの晩婚化、すなわち結婚前にキャリアを長期間積むという動きです。結婚そのものは今でも支持されていますが、晩婚化が進むことにより、仕事の経験を積むチャンスを得ています。長年働き、旅をして自分の人生を豊かにしています。それと同時に人生のパートナーを選ぶ判断力を磨くことができます。結婚を遅らせることが、日本の女性に恩恵をもたらしていると思います。

もう一つは「日本人女性が自ら変化を求めている」ということです。先ほどもお話ししたように、かつて日本の女性たちは、日本の男性たちが家事をしないことを受け入れてきました。でも現在の世論調査では、仕事の有無にかかわらず女性は家庭でも夫に対等なパートナーであってほしいと望んでいます。また既婚女性の中で、夫に家事をしてほしい、あるいは育児に参加してほしいと考えている女性は81%に上りました。つまり夫にも家庭での役割を求めているということです。

それに加えて「結婚しない女性たち」も増えています。先ほどお話ししたように1970年代初頭までは、30代後半の未婚女性はわずか5%でした。しかし今では20%が独身です。日本政府はこれを問題だと考えているかもしれません。しかし女性たち自身は、そのような新しい選択肢を得ているのです。

dsc01654

 

技術革新が女性を自由に

インターネットなどの技術革新は、女性たちに前向きな変化をもたらしています。例えば雇用の変化です。製造業ではなくサービス部門で雇用が生まれています。雇用の安定という意味では問題があるかもしれませんが、労働時間の柔軟性や、労働力の移動性が高まるかもしれません。つまり子育てや家庭のニーズに合わせて仕事ができるようになるということです。特に家庭を持つ女性や、子供が学校に行き始めてから雇用市場に戻る女性への選択肢が増えます。

また国際的企業では、就労時間がより柔軟になりました。その場でやらなければならない仕事においても柔軟性が生まれており、その好例が在宅勤務です。日本の伝統的企業には、その流れを受け入れるように圧力がかけられています。

技術の変化は、高齢者のケアにも貢献します。ロボットや自動運転車、遠隔家庭監視、スマートハウス(*家電や設備機器を情報化配線などで接続し最適制御を行うことで、生活者のニーズに応じた様々なサービスを提供しようとするもの)といった技術革新が、高齢者の生活をより快適にし、より独立性を高め、介護をする側 – 主に女性 – の負担も減らすと考えられています。

 

安倍政権とウーマンパワー

これまでの日本の総理大臣は、女性の政策についてあまり注意を払ってきませんでした。しかし安倍総理大臣は女性のための政策を、日本経済を再生させるための手段として考えています。そして産業界は今、なぜ女性の活用が経済全体や日本の再生に貢献するのかを理解し始めています。

女性たちの政界での存在感も今、高まっています。少し考えてみてください。もしヒラリー・クリントン氏が大統領に選ばれ(*講演当時は米大統領選挙前)、ドイツの首相、イギリスの首相、台湾の総統、韓国の大統領、そして安倍総理大臣が一つのテーブルを囲んだら、安倍氏が唯一の男性ということになります。同じような前向きな変化が、職場でも女性の地位を向上させていると思います。

もちろん障壁もあります。昇進を望む女性に対して様々な嫌がらせが起きたり、超過勤務が女性にも課せられるという問題が報じられています。これは裏返せば、このような状況に一般の人々がどれほどマイナスの感情を抱いているかを示しており、女性を含めたすべての労働者の処遇を変えなくてはならないと考えられるようになっています。

 

これから社会に出る女性たちへ

皆さんが大学卒業後、ご自身の好きな仕事を見つけたとします。その後結婚をし、家庭を持つことを考え始めた際は、是非仕事を続け、それと同時に家庭を持つことを考えていただきたいのです。労働市場に戻るということや、その後さらに高い地位に就くのは、女性にとって大変なことです。産休や育休の取得や、保育園や託児所の利用など、より新しい機会や法的権利を得て働き続けるのが良いと思っています。

もし皆さんがバイオテクノロジーやロボット工学、化学、数学などの分野で力を持っているなら、今はそれらの分野のスキルを磨くのにちょうど良い時期だと思います。なぜなら、これらのスキルはこれからの労働市場で求められるようになるからです。

そして私からお願いしたいことですが、大学在学中に日本語の文章力を磨いてください。なぜなら明確に効果的に文章を書く力は、労働者として働き、より高い地位に就くために大変重要なものです。さらに、効果的に話をすることも学んでください。自分の口で説明をするスキルを磨いてください。講義やミーティングなどで、自分の意見を恥ずかしがらずに言えるようになってください。

もう一つ皆さんにお伝えしたいのは、新聞を読むことです。新聞を読むことで、皆さんの立場は有利なものになります。世界で何が起きているのかを知っていると、学業にも良い影響を与えます。本で学ぶことと、世界で今実際に起きていることを結び付けられ、それにより目が開かれます。さらに新聞以外にもたくさんの本を読み、人々が過去にどのように問題を解決してきたのかを学んでください。そうすれば、それらと自分の経験を結び付けられます。

 

外に出よ、世界を見よう

最後に、皆さんに心からお伝えしたいことがあります。ぜひ海外留学をしてください。私は日本の専門家として、国際的な人間と見られています。しかし私はジョージア州アトランタの出身で、私の両親はジョージア州から出たことがありませんでした。だから私は国際的な人間になるはずではありませんでした。

しかし自宅近くの大学で私が履修したヨーロッパの歴史学の教授が素晴らしい方でした。私は教授に「私の人生へのアドバイスをいただけますか?」とお願いしました。教授は「旅に出て世界を見てください」とおっしゃいました。これは私にとって革命的な考えでしたが、どうすれば実現するのか分かりませんでした。しかし教授の部屋を出てすぐのところにあった掲示板に、ワシントンDCでのプログラムの告知が貼ってありました。当時の私にとってワシントンは外国のような場所でしたが、私はそのプログラムを受けました。そして1年後、同じ掲示板で西アフリカでのプログラムの告知を見つけ、参加しました。

その後コロンビア大学大学院に在学中、ニューヨークで3つ目の掲示板を見つけました。そこには手書きで「日曜日に柔道を教えます」と書かれていました。ニューヨークという治安の悪い街で暮らす私を案じる母のために、柔道で護身術を学ぼうと思い、参加しました。それまで日本人にはほとんど会ったことがありませんでしたが、そのクラスに参加していた、ニューヨークの大学に通う日本人留学生たちが、私にお箸の使い方やお寿司などについて教えてくれました。それがきっかけとなり、私は日本について学び始めました。

日本は、本当に素晴らしい国だと思いました。日本について学ぶことで、私の人生は豊かになっていきました。何百人もの日本人に出会い、彼らから多くのことを長年学んできました。

dsc01660

 

海外に行くことで目が開かれますし、皆さんが海外で学ぶことで、日本の良いところや足りないところが見えてきます。また他の国の人たちがどうやって暮らしているかを見ることによって、皆さんの人生が豊かになり、とても意義深い経験ができると思います。海外で学ぶチャンスを、ぜひ皆さんにも利用してほしいと思います。

 

関連リンク

国際交流基金賞:https://www.jpf.go.jp/j/about/award/
国際交流基金:https://www.jpf.go.jp/  

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です