中城ちひろさん

インタビュー&構成:徳橋功
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Chihiro Nakajo
ダンサー/スタジオディレクター/ヘルスケアトレーナー

撮影:伊藤遼さん

 

 

生きることすべて“”なんです。

 

 

 

 

昨年(2017年)はほぼ毎月のように、イベントを開催させていただきました。中でも忘れられないのが、昨年3月末に行った、イギリス人声優兼女優である“れいな”さんとのトークセッションです。それはMy Eyes Tokyoがゲストを迎えて開催する、昨年最初のイベントでしたが、英語での公開インタビューだったため、日本語と英語で来場者にご対応いただける受付担当者が必要となりました。



私たちはSNSを通じ、当イベントで受付をしていただけるバイリンガルを募集しました。そして私たちからの申し出に対し素早く手を挙げてくださったのが、今回ご紹介する中城ちひろさんです。



イベント開催日の少し前に私たちは初めて会い、打ち合わせをしました。しかし中城さんのご経験や背景がとてもユニークだったため、イベント関連の打ち合わせは10分程度で切り上げ(笑)それ以外のお話に夢中になり、気がつけば2時間ほど過ぎていました(汗)数々飛び出した話題の中に「世界一周の旅を計画していること」が出てきました。



私たちは約束しました。「旅から帰って来たら、ぜひ中城さんにインタビューさせていただきます」と。そして帰国後、人間的に成長した中城さんの、世界一周報告会を開催しました。このもようについては、下記の映像にてお楽しみください。

 

今回は、報告会に先駆けて行ったインタビューの内容をお届けいたします。

 

*インタビュー@芝公園(港区)
*中城ちひろさんってどんな人?→こちらをご覧ください。

 

世界への船出

私が世界一周の旅を考え始めたのは、社会人4年目、新卒で入社した不動産会社に勤務していた頃のことです。会社の新規事業として立ち上げた旅行会社には、同僚にインドネシアやタイ、フィリピンから来た人たちがいました。「日本で働きたい!」という夢を実現させた、ほぼ同世代の彼女たちのバイタリティーに圧倒された私は「自分ももっと広い世界を見たい」と思いました。

そこで私は、ライフワークである“表現と体づくり”を世界各地で学ぶため、不動産会社を退社して間もない2017年6月30日、日本を離れました。

私は世界一周航空券を使ってアメリカ〜ヨーロッパ〜アジアを3ヶ月半かけて周りました旅行中は「カウチサーフィン」を使って現地の人たちの生活に入れてもらい、様々なライフスタイルに溶け込みながら過ごす日々でした。

先ほど申し上げた行程を詳しく言うと、(サンフランシスコ)〜メキシコ(カンクン)~キューバ〜(ニューヨーク)〜アイスランド〜アイルランド〜スコットランド(グラスゴー・エディンバラ)〜イングランド(ロンドン)〜ポルトガル(リスボン・ポルト)〜スペイン(ドノスティア)〜ベルギー〜ドイツ(ベルリン・ライプツィヒ)〜インド(デリー)〜タイ(バンコク)を周り、2017年10月1日に日本に帰ってきました。

 

新しい表現への挑戦

今回の旅の大きな目標は、先ほど申し上げたように「表現と体づくりを学ぶ」こと。特に表現については、ダンスの定義を捉えなおすことを目的とし、そのヒントを探していました。

私はバレエやジャズに始まり、その後はストリートダンスを長年やっていましたが、今は、強いてジャンル名を言うなら“コンテンポラリーダンス”に惹かれています。惹かれた理由は、その自由さです。

ストリートダンスは、まず音楽ありき。そして基本的には、常に音楽とともに踊ります。音楽を表現するための踊りといえるかもしれません。長年踊る中で私は、まず身体があって、(音楽の有無にかかわらず)身体から踊りが紡がれていくというのもまた、踊りとして自然なことのように感じるようになっていました。音楽が先にあるストリートダンスとはダンスの起点が異なっているため、ストリートの文脈で踊ると違和感をおぼえることがありました。

そんな中、違った文脈で踊りを捉えてみようとして出会ったのがコンテンポラリーダンスでした。コンテンポラリーと一口に言っても、あまりに様々なので、ジャンルにならないジャンルのようなものですが(最近はジャンル名を聞かれると困ってしまうほどです)その意味でも自由さを感じました。音楽ありきでの踊りが染み込んでいた身体に、別の踊りの文脈をなじませるのは、私にとっては大きな変化。だからしばらく音楽を使わず踊ってみました。私がこれからお話するエディンバラでの芸術祭でも、音楽無しで踊ることを決めていました。

 

世界有数の芸術祭で踊る

毎年8月に約1ヶ月間行われる世界最大の芸術祭“エディンバラ・フェスティバル・フリンジ”。オペラや演劇、クラシック音楽、ダンスなどの分野で世界一流の芸術家が公演を行う“エディンバラ・インターナショナル・フェスティバル”の“周辺”(Fringe)という意味で、大小様々な規模の実験的な公演や路上パフォーマンスなどが、街全体で行われます。私はこの世界でも有数の規模の芸術祭に、バスカー(大道芸人)として参加したのです。

バスカーのパフォーマンスは基本的に1ステージ30分で、公式には1日に2ステージ出演できます。ただしステージは、常に目の前に人が歩いている路上です。その状況でパフォーマンスをやるためには、人の流れを止め、私に注目してもらう必要があります。そんな時、スピーカーで音楽を流せたら手っ取り早いのですが、今回は音楽を使わないこと、身体の動きのみで表現することをテーマにしていました。

とはいえ、無言で動き始めても、誰もショーが始まったことに気づきません(笑)だからまず注目を集めるのに、声を使いました。でも歌は他のバスカーがそこかしこで歌っているし、かと言って「パフォーマンスを始めます!」と叫んでも、そんな声に振り向く人なんていないでしょう。何か目を引く、興味をそそるものが必要です。

そこで私は、ステージを始める前に唸り声のようなものを発しました。通りを歩く人たちは、なんとも奇妙なアジア人だと思ったかもしれません。そのおかげか多くの人たちが足を止めてくれて、パフォーマンスの最初からお客さんを惹きつけることができましたね。


名も知らぬ観客が撮影した、中城さんのパフォーマンス@エディンバラ・フェスティバル・フリンジ(2017年8月)

 

“日本の春”を身体ひとつで表現

私はジャグリングのように、わかりやすい大技を繰り広げるわけではないので、パフォーマンスとしては地味です。だからお客さんを惹きつけるにはどうすれば良いか、必死に考えました。思案の末、私はお客さんの想像力を存分に使わせてもらうという方法をとることにしました。

私は「これから“日本の春”を身体で表現します」とお客さんに伝えてみました。当然、とても抽象的で、一見わけが分からない。でもだからこそ、お客さんは一生懸命想像力を膨らませ、とても能動的に楽しもうとしてくれたのです。実際にパフォーマンスの後、「桜の写真を見たことがあるけれど、さっきのあの動きはそれを表現しているように見えたよ」など具体的に感想を言ってくれたり、「あの動きが気になったけれど、そこは何を表現していたの?」と質問してくれたりと、お客さんとの会話が生まれました。大技を繰り広げる大道芸が大人数を相手にする一方、私は少人数の観客と密度の濃いコミュニケーションをとり、その会話も含めて楽しんでもらう方法が適していると感じました。観客の手拍子(三・三・七拍子などやってもらいました)で、日本の春以外のテーマで踊ってみたりもしました。

1ステージは30分間ですが、路上を歩く人の流れをこちらに持ってくるための工夫として、30分を3つに区切り、3度新しいお客さんに出会えるようにしました。その作戦は見事成功。1回目や2回目の10分間のパフォーマンスが終わっても、もう少し見たいと思ってくれる人が残ってくれて、その人たちに引き寄せられるように他の歩行者も足を止め、その人たちが呼び水となってさらに人が集まるという好循環が生まれました。


中城さんのパフォーマンス@エディンバラ・フェスティバル・フリンジ(2017年8月) *実際は音楽無しのパフォーマンス

バスカーは基本的にお客さんから投げ銭をいただくもの。でも私は、投げ銭に慣れていませんでした。これまで私が公演に出た時は、事前にチケットを販売するので、お客様の満足度に関係なくチケット代は同じ。でも投げ銭の場合、お客様の満足度が収益に直接影響します。

シビアに聞こえますが、実際にやってみると、お客様からいただいた対価が「楽しませてもらったよ、ありがとう。がんばって!」という感謝と応援の気持ちの表れのように感じられました。とても“気持ちの良いコミュニケーション”でしたね。

エディンバラで過ごした12日間、私はパフォーマンスだけでなく、できるだけ多くの作品を見ることにも時間を充てました。世界各国から来たパフォーマーの様々な表現に触れて刺激を受け、それが私の発想力を豊かにしてくれました。さらに、芸術祭で友達になったパフォーマーたちからパフォーマンスや表現についてアドバイスをもらうなど、日々たくさんのことを学びました。


中城さんによるフェスティバルレポート

 

“何でもあり”の身体表現

この旅で、今後私が日本でも広めていきたいと思った新しいダンスの“解釈”に出会いました。それが“エクスタティック・”です。

DJが回すノリノリの音楽の中で人々が踊る – そこは一見するとクラブですが、いくつかのルールによって、クラブとは全く違った空間になっていました。①しゃべらない(言葉に頼らずにコミュニケーションを図るため)②自分と他人に敬意を払う③アルコールやドラッグを摂取しない(本来の身体が感じるままに動くため)④撮影禁止(誰かに見せるための踊りをさせないため)などです。踊るのは、自分の体が動きたいように動くこと。だからカッコいいとかカッコ悪いなども全く関係ありません。

老若男女問わず様々な人たちが参加する、本当に自由な空間。しかも驚くことに、会場は教会でした。そこではダンスっぽいことをする人だけではなく、ヨガをするお母さんたちや太極拳をするおじいちゃんもいたし、ただひたすら走り回っている人までいました。3時間ほどのイベントで思い思いに身体を動かした後、最後にもう一度集まり、アカペラや笛、太鼓などの生演奏をバックに瞑想し、最後にイベントに参加して起きた心の変化などを参加者同士で共有します。

主催者曰く「言葉による会話をやめ、身体の感じるままに、思った通りに動けばいい」とのこと。私は自分に自由を許すことで、自分が解放されていくことを感じました。頭で考えてばかりではなく、良い意味でバカになって、そして自分の心や身体に素直になる、という感じでしょうか。他の参加者からは「ここに来る前に嫌なことがあったけど、踊っているうちにそれを忘れて、すごくスッキリした。この空間を作ってくれた皆のおかげだと思います。ここにいる全ての人たちに、感謝と愛を感じています」などの感想が聞こえてきました。ただひたすら好きなように体を動かすだけなのに、温かい気持ちになれる – そんな空間など見たことがなかったから、私は夢中になりました。そして“踊りの力”を感じました。

私がサンフランシスコで初めて参加した“エクスタティック・ダンス”は、他にニューヨークやロンドンでも行われていました。私は是非この“何でもあり、感じるままに”というダンスの捉え方を日本にも広めたいと思っています。

 

様々なダンスにも理解を

今回の旅で、私が強いインスピレーションを得た場所の一つがドイツです。中でも首都ベルリンはコンテンポラリーダンスを始め様々なアートが盛んな場所で、学ぶ場所も多く、実験的なショーもたくさん公演されています。約10日間だけの滞在でしたが、毎日朝からワークショップやレッスンに参加し、夜は公演を見に行くという日々を過ごしました。

そんな短くも濃密な時間で感じたのは、日本とドイツのダンスシーンの大きな違いでした。日本のダンスシーンは、ある種の分かりやすさを強く求められるような、エンターテインメント色が強いものである一方、ドイツでは分かりやすさを基準としないダンスが中心。それらを「アート色が強い」と解釈するのが正しいのか分かりませんが、とにかくそんなダンスも盛んです。それはドイツのダンスシーンが、作品をただ受動的に見るのではなく、それらに能動的に関り、自分なりに何かを受け取ろうとする姿勢のある観客に支えられているからだと思います。

現地でダンスを学んでいる日本人女性にも会いました。彼女が「エンタメ色を押し出さなければお金が入って来づらい日本のダンスシーンを変えたい」と言っていたのが印象的でした。私もその力になりたいと思いました。

 

大事なのは「好きであること、楽しむこと」

最後に、インドで得た大きな気づきについてお話したいと思います。

わずか2日間のインド滞在。その間に大きな劇団のミュージカルを首都ニューデリーで見ました。日本で言う劇団四季のような有名劇団のダンサーさんが出演していたにもかかわらず、ダンサーさんたちの踊りがボロボロで、突っ込みどころ満載。それでも彼らや彼女たちは、ひたすら楽しそうに踊っていたのです。

そんなダンサーさんたちを見て、私は思いました。「彼らは、ダンスができるからダンサーになったのではない。ダンスが好きだからダンサーになったんだ」と。

日本人の場合、例えばダンスが好きな人でも、だいたいは「私はダンサーです」と言うことを躊躇しますよね。「趣味で写真を撮っています」とは言いますが「私はフォトグラファーです」とは、あまり言わないと思います。ダンサーとかフォトグラファーと名乗るためには、プロらしいプロ、つまり受賞歴があったり、それによる収入があることが基準ではないでしょうか。そのようなプロっぽい状態でなければ、ダンサーやフォトグラファーと名乗れないと、私たちは思いがちです。

でも日本から一歩外に出ると、それで稼いでいるかとか、質が高いどうかは別として、ただ好きだからというだけで「私はダンサーです」と言ったりします。先ほど申し上げた、ドイツでダンスを学んでいる日本人女性によれば、それほど踊りが上手ではない人も、堂々と「私はダンサーになりたい」と言うそうです。日本だと「え、そのレベルで?」と言われることを恐れて、自分の本当の夢を口にするのを躊躇したりする人もいるかもしれませんよね。

「現状のレベルいかんの前に、まずダンスが好きであることが大事。そして何より、ダンスを楽しもうよ!」と改めてインドのダンサーさんたちに言われた気がして、気持ちが楽になりました(笑)

 

もっと自由でいい

この世界一周の旅のテーマは「表現と体づくりを学ぶ」でした 。“ダンス”ではなく“表現”としたのは、初めからダンスのみに限定せず、様々な“表現”をテーマにしたほうが、旅がより面白くなるのではないかと思ったからです。

実際に旅を終えてみて、私自身は世界各地のダンスシーンはもちろん、現地で出会った人たちの考え方や言葉からもすごく影響や刺激を受けました。そして私がこれまで多分に影響を受けてきた“お国柄”というものを再認識しました。「私は日本というお国柄をまとっている、中城ちひろという一人の人間なのだ」と感じました。

そのような気づきを与えてくれる、人と人とのコミュニケーションは、お互いが表現し合う“相互表現”と言い換えることができると思います。もしかしたら“生きること”そのものが表現なのかもしれません。


METトークセッション後のパフォーマンス。社会人時代から今に至るまでの、自らを取り巻く環境や自分の内面の変化を表現した(2017年11月11日)
*撮影:伊藤遼さん

 

私は「いかなるものも表現」「もっと自由でいい」ということを、日本で共有していきたいと思います。

 

中城さん関連リンク

公式サイト・世界一周ブログ“Chihiro Nakajo”:chihironakajo.com/
中城さんインタビュー記事:こちら

 

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