世界に広がる「えんげ食」

インタビュー&構成:徳橋功

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写真提供:ニュートリー株式会社

 

突然ですが、皆さんは“”をご存知でしょうか?

“えんげ食”の“えんげ”は漢字で書くと“”。簡単に言えば“飲み込むこと”です。この嚥下が正常に行えない、つまり食物を飲み込むことができない人(嚥下障害者)が安心して口から摂取することができる食事、それが“えんげ食”です。

嚥下障害は、肺炎につながる場合もあります。70歳以上の約7割が誤嚥性肺炎(唾液や胃液と一緒に肺に流れ込んだ細菌がもとで起きる肺炎)であると言われており、それにより命を落とすということが起きています。それは加齢に伴い、嚥下に必要な筋肉や咳反射(気道に混入した異物を反射的に排出および除去すること)の機能が衰えるためです。

そのような人たちも安心して食べられるえんげ食。一般にはまだまだ広がる余地のある食形態ですが、最近ではレシピ本が出版されたり、日本全国の郷土料理とコラボするなど、見た目も鮮やかな楽しいえんげ食が広がりつつあります。

そして今、えんげ食は海外へ – “課題先進国”と呼ばれる我が国が世界に大きく貢献できる分野でありながら、My Eyes Tokyoは不覚にも何も知りませんでした。今回のインタビューでは“えんげ食のパイオニア”に、食べることをあきらめていた世界中の人たちに食べる喜びを提供する取り組みについてお聞きしました。

*インタビュー@ニュートリー株式会社 東京支店(東京都中央区)

*英語版はこちらから

 

“食物を飲み込めない状態”とは?

口から飲み込まれた食べ物やお水は、喉を通過した後、気管に通じる道が塞がれ、食道に流れていきます。これが嚥下のメカニズムです。しかし嚥下障害をお持ちの人の場合、気管が正常に塞がれず、食物は気管に入ってしまいます。これが“誤嚥(ごえん)”です。

 

嚥下のメカニズム

資料提供:ニュートリー株式会社

 

嚥下障害をお持ちの人にとって飲み込みにくいものの代表例が、水分です。お水やお茶、お味噌汁などは喉を通過する速度が速く、気管が塞がれる前に食道との分岐点を通るため、気管に入ってしまいます。また市販のゼラチンで水分をゼリーにし、通過する速度を遅くしても、市販のゼラチンで作ったゼリーは摂氏40度を超えると水に戻ってしまうため、同様に誤嚥につながりやすいといえます。

焼き魚やゆで卵、かまぼこ、寒天などのパサパサした食物も、口に入れた後にバラバラになりやすく、その欠片が気管に入っていきます。またお餅やお粥のようなベタベタした食物の場合、飲み込んだ後に咽頭に付き、時間経過後に誤って気管に入ってしまうというケースがあります。さらに、噛むことに配慮するあまり食物を細かく刻むと、誤嚥の危険性が高くなります。

 

自分の口で食べられる喜び

このような障害を持つ人たちは、誤嚥性肺炎などのリスクを回避するために、口から食べることをあきらめるケースが多くありました。お腹に小さな穴を開けて栄養分を胃に直接注入する“胃瘻(いろう)”や、鼻から胃に管を入れて栄養分を流し込む“経鼻(けいび)”、血管に栄養分を注入する“点滴”など、栄養をチューブを使って摂りいれる人工的な栄養摂取の手法が取られました。しかし「食べることができない」という状態が人に与える心理的影響は計り知れないものでした。

そのような中で、「食べられないのなら、食べられるようにしてご提供しよう」という動きが約20年前に起こりました。こうして嚥下障害の方でも飲み込みやすい食形態に調整したものが「えんげ(嚥下)」です。食塊(食べ物を口に入れた時に噛み砕き、唾液と混ぜ合わせて出来た、飲み込む前の塊)が①まとまりやすい②ベタつかない③適度に柔らかいという3つの条件を満たしたものです。ご高齢の方々にとっては柔らかい食べ物がふさわしいというイメージをお持ちの方も多いと思いますが、飲み込むことを考えると、③だけでなく①と②が揃っていることが必要になってきます。

私たちは、医療機関や介護施設で利用される「嚥下補助食品」という専用の粉末を開発・製造してきました。固形物や水分にとろみを付けたり、それらをゼリー状にする(ゲル化)もので、これらの製品をご使用いただくことにより、嚥下障害をお持ちの方々に召し上がっていただけるえんげ食を作ることが可能になります。ただし私たちの製品は主に病院や介護施設で使われるため、それらの製品や、えんげ食という食形態が広く一般の方に知られていないというのが実状です。

 

えんげ食をもっと楽しく

しかし一方で、日本では病院や介護施設の収容力が限界に近づいているため、自宅療養の必要性が高まっており、介護現場が在宅へとシフトチェンジしていくことが予想されています。えんげ食作りの担い手が今後、患者本人や家族になることを考えると、私たちは嚥下障害やえんげ食について広く一般に伝える活動を行うことの必要性を感じています。

食事は知恵と工夫と真心の集大成。私たちは「食べる楽しみ」を嚥下障害者の方々にも感じていただきたいと思っており、「おうちでできるえんげ食」をテーマにしたレシピブックへの編集・技術協力や、管理栄養士が監修するレシピ投稿サイトへの毎月のレシピ提供を行っています。さらに私たちはカルチャーセンターからの依頼を受け、講師として当社の管理栄養士を派遣し、えんげ食に関する実践的な情報を一般の方々に提供しています。

色とりどりのえんげ食 *写真提供:ニュートリー株式会社

 

現在、日本全国の郷土料理をえんげ食にするプロジェクトを進めています。各地の新聞社さんのご協力のもと、病院や介護施設の管理栄養士さんなどに向けたセミナーを毎月実施し、また前述したレシピ投稿サイトに、私たちで考案したご当地嚥下食レシピを掲載。47都道府県のうち38県で実績を積んでいます(2016年12月6日現在)。

そして2015年、当社に海外事業部を立ち上げ、世界に向けて“日本のえんげ食”を広げていく取り組みが始まりました。

 

えんげ食 世界の実状

食事面も含めた嚥下障害への対応に関しては、日本以外にアメリカが進んでおり、ヨーロッパ数カ国やオーストラリアが続いているという印象です。また飲み物にとろみをつける製品は、一部の国で開発されているとお聞きしていますが、固形物にとろみをつけたり、ゼリーにしたりする製品は、それほど開発は進んでいません。

アメリカにはすでに視察に行きましたが、現地で提供されているえんげ食を実際に拝見すると、肉や魚、野菜などは全てペースト状やピューレ状にして作られており、その塊をお皿に盛り付けていました。味は確かに元の食材と同じなのですが、患者さんはそれを機械的に摂取しているという印象を受けました。

 

世界中のえんげ食に華を添えたい

食事というのは、味以外に栄養も見た目も大事です。ペーストを盛り付けただけの食事と、本物と同じように盛り付けた食事が並んでいたら、人としてどちらをいただきたいでしょうか?どちらをご自身の親御さんに提供したいでしょうか?

そこで私たちは“美”を海外に伝えたいと考えています。そのために、医療的な説明を行う医師の皆さんにえんげ食の“概念”をお伝えすることから始めていきます。ゆくゆくは現在日本国内で行っている、えんげ食セミナーを世界各地で開催することも視野に入れています。もはや“啓蒙活動”と言っても良いかもしれませんね。

壁は存在するかもしれません。それは“文化の違い”です。例えば和食は彩りを重視しますが、ステーキはそこまで色合いは気にしませんよね。もしかしたら、世界的には“美”はそれほど必要とされない可能性もあります。また、日本ほど手の込んだ調理をしないことも考えられます。

 

“QOL”の追求を海外でも

私たちが伝えていきたいのは「皆さんが普段食べられているお料理と、見た目が同じようなえんげ食を作ることができます」ということです。そして口から食べ物を摂取できるのであれば、できるだけ見た目が良いものを召し上がっていただく方が、ご家族にとって、また食事を提供される医療従事者にとって、そして誰よりご本人にとって良いのではないでしょうか。言うなれば“Quality of Life”(生活の質)の重視です。

ご自身の口に“食べる”機能が少しでも残っているのなら、栄養をチューブなどから摂取するのではなく、普通の食事に近い形にして提供する – それを世界に伝えていきたいと思います。

 

日本で培われてきたえんげ食の概念が海外にも浸透し、世界中の誰もがえんげ食について知る – それが私たちの理想ですね。

 

取材協力

ニュートリー株式会社 PR部 広報 横山祥子氏
              海外事業部 柳澤浩一氏 村上聡氏

 

7 thoughts on “世界に広がる「えんげ食」

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