李成一さん(韓国)

インタビュー&構成:徳橋功
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Seiichi Lee
シェアハウス運営会社代表

 

 

「私がじゃなければ良かったのに」と思わずにすむ社会を作りたい。

 

 

My Eyes Tokyoが記事転載や「多文化おもてなしフェスティバル」開催協力を行っている国際平和団体「Global Peace Foundation Japan」さんより、ある起業家さんをご紹介いただきました。いろいろな国々から来た人たちが住むシェアハウスを、日本のみならず韓国や台湾にも展開している、李成一さんです。

李さんの背景は在日韓国人。通常であれば「日本で生まれ育った人を外国人としてインタビューして良いものか・・・」と悩む私たちですが、この動画を拝見して考えが変わりました。このようなシェアハウスを運営しているのは、ご自身の生まれ育ったや培ったご経験、それらを通じて感じたことなのだ、と。

社会”という言葉は、街角にもオンラインにも、あちらこちらに見られます。しかし李さんは、それをシェアハウスという目に見える形で実現し、しかもそれを国内外に広げています。

リアルな場所や空間で、あふれるリアルな人間関係を築く – その活動の原動力を探りました。

*インタビュー@ボーダレスハウス浅草橋1(台東区)

 

”国籍を超えた交流”こそが価値

弊社は東京・大阪・韓国ソウル・台湾台北で合計78棟(※2024年1月現在)のシェアハウス、通称”ボーダレスハウス”を運営しています。国籍や人種、宗教など様々な背景を持つ人たちが交流する、文字通り”ボーダレス”なシェアハウスです。

2008年の創業当初から外国人と日本人、外国人と韓国人および台湾人の入居者の割合を1:1に保っています。僕たちのハウスの持つ価値は”交流意欲の高い人たちが集うコミュニティ”であること。に興味を持つ日本人も多く入居していますが、入居する外国人が圏出身の人たちばかりにならないように注意を払っています。

国籍や人種を超えた交流を生む – そのために僕たちは入居前のスクリーニング、不動産業界用語で言えば”審査”を大事にしています。例えば単に「新宿に住みたい」という理由だけでは、僕たちはその人の入居を認めず、交流意欲を尋ねます。入居後、もしほとんど他の入居者との交流が見られない場合などは、次の再契約のタイミングで契約を終了することもあります。

このように”国籍を超えた交流”を重視するシェアハウスを通じて、僕はこれまで約15年にわたり多文化共生の実現に取り組んできました。もちろんこのような仕事を少年時代から目指していたわけではなく、空手の師範や、ドラマの影響でキムタクが演じた建築士、空港をスーツ姿で颯爽と歩く商社マンという他愛も無い夢を抱いたこともありました。しかし在日韓国人として生きてきた僕が経験してきたことや、強く疑問に思ったことが、最終的に僕の生きる道を決めたのだと思います。

 

修学旅行は北朝鮮

僕は韓国出身の祖父を持つ家系に生まれました。地元・大阪市内の幼稚園に通った後、家族が代々通ってきた朝鮮学校に入ります。僕自身の意志というよりも、姉も通っていたので特に疑問を持つことなく入学したという感じです。朝鮮学校は、終戦後に日本に残った朝鮮人の子供たちに母国語を教えるためにできたもの。その子孫である僕のような在日コリアンが通うのですが、設立当初から支援元の北朝鮮とのつながりが深く、それゆえに高校3年時の僕らの修学旅行先が北朝鮮になったりするわけです(笑)でもこの学生時代の経験は自分の人生の方向性や価値観に大きく影響していきます。

僕は朝鮮学校の初級(小学校)から高級(高校)まで通いました。でもその間、朝鮮学校や在日朝鮮人コミュニティという閉ざされた世界にいたので、日本人の友達は全くおらず、日本社会のこともほとんど知りませんでした。もしそのまま朝鮮大学校に進学したり、あるいは朝鮮系企業に就職したりすれば、結局はそのコミュニティの中に留まってしまう – クラスメイトの3割が朝鮮大学校に進む中、僕は「もういいや、外へ出よう」と、日本の大学への進学を決意。民族としてのアイデンティティを残すよう生徒に願う先生たちの視線を後目に、僕は近畿大学に進学しました。

 

ネガティブをポジティブに 楽しいキャンパスライフ

大学に入って、驚きました。日本人の学生たちは、僕のような”在日”の存在をほとんど知らなかったのです。在日朝鮮人コミュニティにいると、日本の人たちや社会のネガティブな話ばかり聞いていたため、日本人も僕たちに対して攻撃的なのではないかと思っていました。でも実際は攻撃など全くなく、むしろ無関心。だからこそ、通名を使わず本名である李成一(韓国名)を名乗っていた僕は、北朝鮮への修学旅行などの経験も手伝って、キャンパス内では”レアキャラ”となったのです。僕はそのレアぶりをポジティブに捉え、大学生活を楽しんでいました。

やがて就職を考える頃に。韓国語スキルや、韓国ルーツである出自を活かし、韓国とのビジネスに携わりたいと思った僕は、世界中にネットワークがあり、韓国にも現地法人を持つ機械加工製品商社”ミスミ”に入社します。ミスミには7年間在籍し、韓国駐在は果たせなかったものの、韓国への出張や現地のビジネスパートナーとの事業に従事することができました。

しかし一方で、あることが気になっていました。自分が日本社会でマイノリティであることを強みや個性へと変えられた僕は、心地良く生活できた。でも反対に「実は自分は在日コリアンなんだ」と僕にカミングアウトしてきた人もいたのです。

 

志に目覚め友人が創業したベンチャー企業へ

「なぜ通名を使うなどして自分の出自を隠して生きなくてはならないのだろうか?」。社会人デビューした頃は、まだこの疑問を強く持っていました。しかしサラリーマンとして働くうちに、忙しさに追われ忘却の彼方へ。

やがて20代後半に差し掛かり、その後の人生を考えていた頃、すでに起業をしていたミスミ同期の田口一成と鈴木雅剛に再会。彼らが立ち上げた”ボーダレス・ジャパン”という会社で、すでにメインの事業になっていたボーダレスハウスについて話を聞きました。

最初は”部屋を借りられない外国人に住まいを提供する”というコンセプトで立ち上がった不動産仲介事業。東証一部上場企業の正社員でありながら、韓国籍であったために部屋を借りられないという経験をした僕はそれに共感しました。やがて彼らが「日本に来た外国人と、英語を学びたい日本人が一緒に生活したらもっと楽しくなるだろう」と考えてシェアハウス事業を開始し、その事業を通じて”国籍や国を超えた交流を生み出している”と聞き、僕はワクワクしました。「自分のバックグラウンドやルーツ、アイデンティティに誇りを持てる社会を実現したい」という僕の思いを彼らも理解してくれ、僕は給料が大幅ダウンすることも厭わず、ボーダレス・ジャパンという”クソベンチャー”(笑)にジョインしました。

やがてボーダレスハウスの運営を私が全面的に任されるようになり、事業代表を務めることに。2008年、”シェアハウス”という言葉がまだ社会に浸透していなかった頃にスタートしたこの事業ですが、当時から海外出身者50%、日本人50%という割合で入居者を募集していました。部屋を借りられない外国人からの需要や、日本のグローバル企業による”社内英語公用語化”の動きが追い風となり、入居者が増えていきました。

 

世界情勢の影響なし

僕たちは多文化共生の種をボーダレスハウスから社会に蒔くべく活動していますが、無理に入居者の多様性を演出するようなことはしません。僕たちのサイトの、各ハウスのページに入居者の出身国・地域の旗が並んでおり、それを見て入居を決めていただくケースが多々あります。外国人と日本人の割合を1:1に維持する以外、僕たちが意図的に出身国・地域をコントロールすることはありません。ありのままで良いと考えています。

世界情勢においても同じです。世界には敵対関係にあると思われる国々が存在しますが、どちらか一方の国の出身者が入居している場合、僕たちからはもう一方の国の出身者に「ここには入居しないで」とは言いません。また入居者自身も、後から来る入居者の国籍は選べない。だから僕たちも入居者も、基本的には国同士の関係は意識しません。そのような関係にある国々から来た人たちが同じハウスに住んでいたことはたくさんありますが、国同士の関係によりトラブルが発生した事例を聞いたことはありません。自分が事した後の食器を洗わなかったり、使ったキッチンを片付けなかったりする、そんなマナーを守らない入居者に対して別の入居者が注意することはよくありますが、それは同じ国籍の人同士でも起きることですよね。

海外出身者で日本にあるボーダレスハウスに入居する人は、その前提として”日本が好き”ということが挙げられます。それに加えて、ボーダレスハウスには日本人も含め様々な国々から来た人たちが入居していることも理解している。日本も他の国々と同じように近隣諸国と微妙な関係を続けていますが、東京や大阪にあるハウスにいる韓国出身者や出身者は日本が好きで、日本人と一緒に暮らしたいと思っている人たち。だからボーダレスハウスでの人間関係に、日韓関係や日中関係が反映されることはありません。

僕たちは日本以外に韓国や台湾にもハウスを持っています。韓国人も英習欲が高いので、最初は英語圏の人たちと住む目的で入居する人たちが多いですが、そこに韓国に留学に来た日本人が入居します。その人たちは韓国が好きなので、興味を持って韓国人とコミュニケーションを取り、やがて日本に全く興味が無かった韓国人も日本に興味を持つようになり、双方に良好な関係が生まれる – そんな事例もたくさんあります。だから僕たちは、このハウス内での人間関係で頭を抱えることはほとんどありません。

悩むことがあるとすれば、このハウスの”外”、つまり近隣住民や地元のコミュニティとの関係です。

 

”近所との関係”を大事に

僕たちは、自ら新たにマンションやアパートを建設することは無く、基本的に他社さんが所有する物件をお借りして、それをシェアハウスとして運営します。新たに物件を借りるたびに、僕たちは近隣住民の方々にご挨拶をしたり、説明会を開いたりしますが、関西のある地域にハウスを設けた時は、近隣住民から反対の声が上がりました。

歴史ある神社のそばに広がる住宅街。その一角に業者さんがシェアハウスを建て、それを私たちがボーダレスハウスとして使わせていただけることになりました。しかし地域住民の皆さんは、神社を訪れる外国人観光客のあまりの多さや、違法民泊の存在などに辟易していたため、閑静な街に外国人がやって来ることへの恐怖や不安を抱いていたのです。

僕たちは住民の皆さんに、自分たちの目的やビジョン、入居者を厳選していることなどをお話しました。それでも十分な理解を得られないままハウスはオープン。とにかく皆さんと仲良くなろうと、僕たちは入居者を連れて地域のお祭りや運動会に足を運びました。さらに皆さんをハウスにお招きしてイベントを開くなどするうちに「ボーダレスハウスに住む人たちは、皆良い子だね」と、徐々に地域からの理解を得られるようになったのです。


近隣住民を招いて開かれた、ボーダレスハウス上賀茂1周年記念パーティー

 

社会にマイノリティの存在を浸透させる

この出来事を通じて分かったことがあります。それは”日本の人たちが外国人に対して抱く漠然とした恐れは、コミュニケーション不足から生まれるものだ”ということ。草の根活動ではあるけれど、人と人が直接リアルにコミュニケーションを取る機会を作り続けることの大事さを改めて学びましたね。さらに僕たちは、国際交流の輪を広げ、多文化共生社会の実現を目指すのであれば、僕たちが開くイベントに人々を招くだけでなく、彼らが開くイベントに外国人たちと一緒に顔を出すことが必須であることにも気づいたのです。

創業以来、1万数千人もの人たちがボーダレスハウスでの交流を経験し、巣立っていきました。その人たちは、近所に外国人が引っ越してきても決して恐れを抱かないでしょう。そしてその人たちが親になった時、もし子どもが外国人に対してネガティブな言葉を口にしたら、きちんと注意するでしょう。異文化理解の体験者を社会に増やし、社会のマジョリティ側にマイノリティの存在を浸透させていきたいですね。

僕のように外国ルーツを持つ子どもたちや、両親と一緒に海外から来た外国籍の子どもたちが日本で暮らしていく上で「僕は(私は)外国人じゃなければ良かったのに」と思わずにすむような、そして親御さんが「自分の息子(娘)に外国ルーツを持たせたまま育てて良いのか」と葛藤しなくてすむような、そんなダイバーシティあふれる社会に日本がなっていくことが僕の願いです。それに今の社会が少しでも近づくことに、僕は貢献したいと思っています。

 

李さんにとって、日本って何ですか?

生まれ育った国ではあるけど・・・”母国”ではありません。

しかし大学時代の留学や、ボーダレスハウスの仕事で韓国に住んでいた時も、同胞であるはずの韓国人たちからよそ者扱いされた。だからそこが母国だという感覚もありませんでした。つまり、僕に母国は無いのです。でも僕は、それをネガティブに感じたことはなく”個性”だと思ってきました。

僕は日本に、これからも暮らしていくでしょう。僕の子どもたちも、同じように日本で暮らしていくでしょう。そういう意味では、だんだん母国になっていくのだろうと思います。

 

李さん関連リンク

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