ゴミを集めながら見たオーストラリア

内藤正人
海外渡航者の不安に寄り添う英語メンター
・コラム「話す力・聞く力・人間力 – 英語力を伸ばす”3本の矢”」はこちら
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海外に留学した人なら、学生ビザで限られた時間の中で、現地でいろんなアルバイトをされたと思います。私もレストランの皿洗いや建設現場の解体作業、政府観光局での広報業務など様々なバイトを経験しました。このコラムでは、その中でも一風変わったものをお伝えしようと思います。

 

意外な高収入バイト

私が通算で6年半住んだオーストラリア。最初に暮らしたのは、南西部の200万都市・パースです。

そこに住む日本人向けのアルバイトと言えば、日本食レストランなどでのウェイターやウェイトレス、皿洗いが定番でしたが、留学前は日本でサラリーマンをしていた私は、特に生活費に困っていたわけではなかったので、働くことは考えていませんでした。

しかし語学学校と図書館で勉強し、週末はクラスメイトたちとバーベキューというパターンが半年続き、人間関係も限られていました。そんなルーティンから抜け出し、地域社会に飛び込んで様々な人たちと出会いたいという思いが湧き上がってきました。

そこで私は、アルバイトを探し始めました。日本食レストランだと、下手すると日本人としかツルまないかも。皿洗いだとほとんど話さない。かと言って事務仕事ができるほどの語学力もない・・・

そう考えながらフリーペーパーをめくっていると”ラビッシュコレクター”(Rubbish Collector:ゴミ回収スタッフ)の求人が私の目に飛び込んできたのです。

この仕事なら、日本人以外の人たちと働き、地域の人たちとも接点を持てるかもしれない。3K(キツイ・汚い・危険)仕事かもしれないけど・・・と思いながら応募したら、即採用。当時は英語もある程度話せるようになっていたし、元々私が人と話すことが好きな性格だったから、面接で「この人ならコミュニケーションが取れそうだ」と思ってもらえたのだと思います。

時給は日本円で約2,000円と、1990年代末の当時としては極めて高収入。でもそれは後で気づいたことです。その時の私には「新しい世界に飛び込んでみたい!」という渇望しかありませんでした。

 

超楽しいゴミ集め

こうして迎えた初日、朝4時。私服で住宅街の一角に集合し、リーダーからゴミの種類について簡単に説明を受けた後、特に研修もなく「じゃあ始めようか」。制服もありません。唯一支給された軍手をはめて、住宅街に設置された大きな公共のゴミ箱を回り、中に入ったゴミを出して収集車まで運ぶのが我々の仕事です。


オーストラリア全土で共通のゴミ箱や、今のゴミ回収の様子が分かる動画。トラックが自動でゴミを回収しているが、かつては人力でゴミ箱の中身を回収し、収集車に入れていた。

パースでは、日本のように曜日によってゴミの種類が分けられてはいません。毎日、全種類のゴミを集めます。4〜5人でチームを組み、収集車の運転手とは別に、私たちは割と広い担当エリアを歩いて回り、ゴミを集め、止めてある収集車に持っていく。ゴミ箱からの回収が終わると収集車が前へ進み、また別のゴミ箱からゴミを回収するという流れです。

担当エリアが日によって変わることはなく、常に決まっていたため、働くうちに各通りに並ぶゴミ箱の場所や数まで自然と覚えるようになりました。やがてエリアの住民とも顔なじみになり「どこから来たの?」「日本から」「わざわざご苦労さん!」なんて会話も生まれ、ある時には日本語で「Konnichiwa(こんにちは)!」と言われたこともありました。

勤務時間は約4時間。だから語学学校へ通いながら無理なく続けられました。現場はとても明るく、みんな冗談を言い合いながら仕事をしていました。分別がきちんとされているから、燃えるゴミの中にガラスの破片が紛れているという危険もありません。それはきっと、全国でゴミの種類もゴミ箱の色も統一されているからでしょう。

重いものを持つこともなく、3Kからも程遠い、とても楽しい現場。「友達が日本にいるよ」「娘が日本語を勉強しているんだ」といった話題で、他のスタッフとも自然と会話が弾みました。

 

日本よりもキレイ?大都会パース

でも周りの人たちからは驚かれました。生粋のオージーのホストファミリーからは「どうしてその仕事を選んだの?」と聞かれ、学校でも「アルバイトは何をしているの?」という話題になるたび「ゴミ回収だよ」と答えると、みんなから驚かれました。でも私が明るく誇らしげに「俺はパースの街をきれいにしているんだ」と返すと、誰もが感心してくれました。

本当に、パースは美しく清潔です。住宅街にも公共スペースにもゴミはほとんど落ちてなく、渋谷のハロウィーンの翌朝のように街が汚れることもありません。住民の美化意識も非常に高く、一度私のポケットからティッシュが1枚落ちただけで注意されたこともありました。オーストラリア全土で規格が統一された公衆トイレも、各公園に備え付けられている無料のバーベキュー台も、とても清潔に保たれ、危険物を置く人もいません。パースは住民同士の信頼で成り立つ”性善説の街”のように感じました。

”世界で一番美しい街”と呼ばれるパースの景観は、住民のマナーもさることながら、ゴミ収集スタッフや清掃に携わる人たちの日々の仕事によって支えられている。だから先生たちも、私を指して冗談交じりに「ゴミ回収人が来たぞ」と言うことがあっても、決して馬鹿にしているわけではありません。”珍しい仕事をしている日本人”として、関心と敬意を持ってくれていたのです。

 

同じマイノリティとして

一緒に働いていた人たちは実にさまざまでした。地元のオーストラリア人や移民など、多様な背景を持つ人ばかり。ただ中国系などアジア系移民はほぼおらず、彼らは自分たちのコミュニティの中で仕事を紹介し合う文化があったのだと思います。

特に印象に残っているのは、10歳の頃にイタリアから移住し、苦労しながら生きてきた男性です。ある日ご自宅に招かれ、彼の奥さんと一緒に家庭料理をごちそうしてくださいました。

また、高校を中退した17歳くらいの若者とも親しくなりました。最初は反抗的で人を寄せつけない雰囲気でしたが、一緒に働き、バスで帰るうちに心を開いてくれました。ある日彼は私に、家庭の事情や学校を辞めたこと、友人とも疎遠になったことを打ち明けました。私は「人生はまだこれからだから悲観しなくていいよ」と伝えました。今でも彼のことを時々思い出します。

こうした出会いを通して、私は社会の見方が大きく変わりました。社会の中心で活躍する人だけでなく、移民や、マイノリティとして懸命に生きる人たちにも目を向けるようになったのです。日本から来た私自身も、マイノリティの一人だったからこそ、自然と共感できたのかもしれません。

語学学校だけでは出会えない人たちと接したことで、社会が一つの価値観だけで成り立っているわけではないこと、そして人は第一印象だけでは分からないことを学びました。この経験は、その後大学院でジャーナリズムを学ぶ際にも大きな財産となり、実際に担当教授から「あなたの文章には人間味がある」と評価されました。今振り返ると、ゴミ回収の仕事こそが、人の人生に耳を傾け記録するジャーナリズムに興味を持つきっかけになり、また今の英語メンターのボランティアにもつながったのだと思います。

 

収入よりも大切なこと

ゴミ回収の仕事の高給ぶりは、今も変わらないようです。最近調べてみたら、年収は日本円で約700万円。それは、オーストラリアでは「人がやりたがらない仕事ほど給料が高い」という考え方が徹底しているからです。当時も「そういう仕事はよく稼げるよ」と勧められました。

最初は「人が嫌がる仕事だから見下されるのでは?」と不安に思いました。でも実際は違いました。オーストラリアでは「嫌な仕事なら、給料が高くてもやらない」という傾向を持つ人が多く、人手不足の仕事ほど賃金が上がります。そのため、有名大学卒業者よりもゴミ回収スタッフの方が高収入ということも珍しくありません。「頭を使う仕事が偉い」のではなく「必要なのに敬遠される仕事には、それだけの価値がある」という考え方が社会に根付いていたのです。

私自身も、この仕事を通してゴミ回収への見方が大きく変わりました。街が美しく保たれているのは、こうした仕事を担う人たちのおかげであり、社会もその役割をきちんと評価しています。日本へ帰ってからも、ゴミ収集車を見るたびに「社会を支える大切な仕事だ」と感じるようになりました。

今の私は、年収や肩書ではなく「どんなライフスタイルを送り」「どんな人と出会い」「どんな経験ができるか」を大切にしています。この考え方は、オーストラリアでさまざまな仕事を経験し、さらに帰国後の就職活動で苦労した”冬の時代”の賜物です。

帰国後、思うように仕事が見つからない苦しみが約3年も続きました。でもその経験のおかげで「仕事がなくなっても、また探せばいい」と自然に考えられるようになりました。一つの仕事しか知らないと不安は大きくなりますが、さまざまな仕事を経験すると選択肢が増え「また何とかなる」と思えるようになるものです。

 

学び舎は教室の外にも

ゴミ回収の仕事を通じて親しくなったイタリア系移民の男性は、私を自宅に招いてくれました。質素な家の食卓で、彼や彼の奥さんとささやかな家庭料理を囲みながら語り合い、帰る時には、まるで我が子に対してするように、ご夫婦そろって家の前まで見送り、私の姿が見えなくなるまで手を振ってくれました。

「何て親切な人たちなのだろう」と感動しました。でも今思えば、その温かさには理由がありました。充実したライフスタイルを夢見てイタリアのナポリからオーストラリアへ移住したものの、現実は決して思い通りではなかった。それでも家族を築き、子どもを独立させるまでに懸命に生きてきたわけです。

その後連絡を取ることはありませんでしたが、この出会いは今でも忘れられません。年齢を重ねた今では、お二人の姿が自分の両親と重なって見えることもあります。

もしゴミ回収の仕事を選んでいなければ、この出会いはなかったでしょう。この仕事を通して、社会にはさまざまな立場の人がいて、それぞれが懸命に生きていることを実感しました。

だからこそ私は「留学の価値は教室の外にもある」と感じています。

留学を考えている人には、学校が終わったら図書館で勉強するだけでなく、アルバイトを通じて現地の社会に飛び込んでみてほしい。特に、日本人以外の人たちが多く働く職場を選べば、学校だけでは得られない出会いや価値観に触れることができるでしょう。私自身、そうした経験を重ねる中で、留学の本当の価値に気づきました。

 

海外留学は、英語を学ぶだけが目的ではありません。自分がどんな人生を送りたいのか考え、自分自身と向き合う時間でもあります。他人と比べるのではなく「昨日の自分より成長できたか」「理想の自分に近づけたか」を問い続ける。それこそが、留学の一番大きな価値なのではないかと思います。

 

内藤正人

オーストラリアでの語学留学を経て、現地大学院でジャーナリズムを専攻。その後、現地政府観光局に勤務。帰国後は海外研修団体での連絡業務や研修生への英語指導などを経て通関関連会社に就職。現在は会社勤務のかたわら、海外渡航予定者や現地滞在者への英語トレーニングおよび学習へのメンタリングを行う。
・コラム「話す力・聞く力・人間力 – 英語力を伸ばす”3本の矢”」:こちら
・内藤さんインタビュー@MET:こちら

 

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