【共催イベントレポート】海を越えた教室から見えたもの~デンマークの小中学校現場報告~

海外教育研究会 第1回発表会

2026年5月30日、六本木駅そばにある妙善寺仮書院”かけはし堂”にて『海外教育研究会』第1回発表会が開催されました。

主旨を説明する『海外教育研究会』栗林央主宰(IIP)

この研究会は、海外の教育実践を学び、日本の教育への示唆を探ることを目的としたもので、教育現場の第一線で活躍する方々が集まり、熱心な意見交換が行われました。

髙橋武志さん

今回登壇したのは、長年福井県内の中学・高校で英語科教員として勤務し、現在は東京都内の中学校で教鞭を執りながら、早稲田大学大学院でデンマーク教育の研究に取り組む髙橋武志さんです。海外研修団体”インターナショナル・インターンシップ・プログラムス”(IIP)を通じて、2022年11月から現地で1ヶ月間の教育研修に参加した経験をもとに、デンマークの初等から高等教育、ならびに学校外での活動についての報告が行われました。

 

国民学校で見た”主体的な学び” – PBLの事例

髙橋さんがまず紹介したのは、デンマークの国民学校(小中一貫校・9年制)での学びです。現地では知識を教えるだけでなく、子どもたち自身が問いを立て、考え、表現するPBL(課題解決型の学習:Problem/Projekt Baseret Læring)が重視されています。

その特徴は低学年から見られます。1・2年生のクラスでは、「友達のためにケーキを作るならどんなケーキにするか」といった身近なテーマについて考え、発表する活動が行われていました。 また「先生たちへのおもてなし料理を作ろう」というプロジェクトでは、子どもたちがレシピづくりから調理までを担当。お祭りの屋台づくりなども含め、生活に根差したテーマを通じて主体的に学んでいました。

学年が上がると、学びはより本格的な探究へと発展します。髙橋さんが視察した授業では、「どの形の風車が最も発電できるのか」「太陽光パネルの材質によって発電量はどう変わるのか」といったテーマに取り組み、実験と検証を重ねながら考察を発表していました。

クリスマスの装飾をプログラミングで作る子ども ※提供:髙橋武志さん

ある学校で印象的だったのは、個人で取り組む探究でも自然と協力し合う姿勢が生まれていたことです。相手の話を真剣に聞く姿勢も育まれていました。 こうした学びを支えているのが、「ワイドラーニング(Bred læring)からナローラーニング(Snæver læring)へ」という考え方です。まず教科書などを使って基礎知識を広く学びます。その後、子どもの興味や関心に応じたテーマに基づいて、子ども自身が必要な情報を選びながら、探究へと進んでいきます。

例えばプログラミング学習では、基礎的な内容を学んだ後「クリスマスのデコレーションを作ろう」といった創作活動に取り組みます。デンマークのPBLは特別な活動ではなく、身近なテーマから出発し、自分自身の問いへと学びを深めていく日常的な学びとして根付いているようでした。

 

学びを支える”伴走者”としての教師

特徴的だったのは教師の役割です。教師は答えを教えるのではなく、実験道具や材料を準備し、必要に応じてヒントや助言を与えます。一方で、問いへの答えを導き出すのはあくまでも子どもたち自身です。

子どもたちは試行錯誤を重ねながら学ぶことに楽しさを感じており「自分たちで考え、確かめる」経験そのものが学習意欲につながっているようでした。探究活動では、教師は知識を一方的に教える存在ではなく、子どもたちの学びを支援する”ファシリテーター”(学びの促進者)としての役割を担っています。

プレゼンテーションを見守り評価する教師たち ※提供:髙橋武志さん

また、教師は”評価者”としても重要な役割を果たしています。デンマークのPBLでは探究活動の成果発表が重視されており、教師が複数名でプレゼンテーションを見守り、内容だけでなく探究の過程や表現方法も含めて丁寧に評価していました。なお、その評価基準は国が大枠を定めています。

髙橋さんは「日本でも探究活動は行われているが、アウトプットの評価にここまで時間をかける例はまだ多くないかもしれない」と語ります。デンマークでは、教師は子どもたちの学びの過程を評価し、子どもたちに成長と課題の自覚を促す存在としても定着していました。

 

学校の外にも広がる学びや交流の場

カルチャーセンターの視察。地域の高齢者の方々が編み物を楽しむ。 ※提供:髙橋武志さん

髙橋さんは、地域のカルチャーセンターも視察しました。そこでは高齢者が集まってボードゲームや編み物を楽しんだり、若者たちがものづくりに取り組んだりするなど、多世代が交流する場となっていました。

特に印象的だったのは、学校に通いづらさを抱える若者や一人暮らしの高齢者も気軽に参加できる環境が整えられていたことと。若者の学びや人とのつながりの形成を学校だけに任せるのではなく、地域で支えている様子がうかがえました。また(特に一人暮らしの)高齢者が孤独にならないように、高齢者同士の多彩な交流活動が企画されていました。まさに、地域のカルチャーセンターが、デンマークにおける相互扶助の考えの一端を担っている印象をもちました。

 

大学でも続くPBL

発表では、デンマークのオールボー大学(Aalborg Universitet)の事例も紹介されました。

髙橋さんが教育研修を受けた国民学校と同じ地域にあるオールボー大学 ※提供:髙橋武志さん

オールボー大学は、デンマークのPBLの中心的存在。学生たちは企業や自治体と連携しながら、実社会の課題に取り組みます。

特徴的なのは、小中学校から慣れ親しんできた探究型の学びが大学でもそのまま継続していること。学生たちは主にグループでテーマを設定し、調査や分析、提案までを行います。 髙橋さんによれば、デンマークでPBLが広く普及し始めたのは1970年代と、比較的最近だったそう。オールボー大学やロスキレ大学(Roskilde Universitet)などの高等教育機関で導入された実践が、1990年代に初等中等教育にも本格的に浸透し、現在の教育文化を形づくってきたと考えられています。
※PBLがデンマークの初等中等教育に導入された詳細な経緯は、髙橋さんが調査中です。

 

遊びから学ぶ”プレイフルラーニング”

髙橋さんは、近年のデンマーク教育では”プレイフルラーニング”(遊びを通じた学び:Playful Learning)にも力が入れられていると紹介しました。

レゴなどと連携しながら、遊びや好奇心を学びの入り口とする取り組みが広がっており、髙橋さん自身もレゴブロックを使って自分を表現するワークショップを体験し、その楽しさを実感しました。今後、デンマークのプレイフルラーニングについても調査をしたいそうです。

また、非営利団体が所有するトラック型の実験室で学校に乗りつけ、そこで子どもたちが科学実験に取り組む活動も行われています。髙橋さんたちも研修で「象にとって一番効果的な歯磨き粉を作ろう」というテーマの実験を体験し、薬品を組み合わせながら試行錯誤を重ねたと言います。

こうした取り組みに共通するのは「まず、周りの人と興味・関心、好奇心や楽しいと感じる感情を共有することを大切にし、その先に学びをつなげる」という考え方です。髙橋さんは、こうした学びの積み重ねが、デンマーク社会で重視される協働や主体性の育成にもつながっているのではないかと語りました。

 

デンマーク教育から見えてきたこと

デンマークでは、幼い子どもたちが身近なテーマについて考え発表する活動から、大学で社会課題の解決に挑むプロジェクトまで、一貫したPBLの流れが生まれています。

髙橋さんが現地で感じたのは”学び”と”社会”が非常に近い距離にあることでした。

子どもたちは小さい頃から、
• 自分で考える
• 意見を持つ
• 他者と協力する
• 自分の生活や社会とのつながりを意識する
といった経験を積み重ねています。

 

社会的流動性から見えるデンマーク教育

また髙橋さんからは、”社会的流動性”(Social mobilitet)についても紹介がありました。

社会的流動性とは、親世代の経済状況にかかわらず、子ども世代が教育や仕事を通じて生活水準を向上させることができる度合いを指します。デンマークは世界的にも社会的流動性が高い国として知られています。

髙橋さんは、現地の教育関係者へのインタビューから、その背景の一つとして、学校教育の中で育まれる「協力し合う姿勢」があることを知りました。競争ではなく協働を重視する価値観が、福祉国家としての社会のあり方にもつながっているという視点です。

デンマークでは高い税負担がある一方で、「社会全体で支え合う」という考え方が広く共有されています。教育もまた、その考え方を育む重要な役割を担っているようでした。

 

日本でも実践できるPBLとは

PBLは決して海外だけの特別な教育手法ではないと、髙橋さんは語ります。日本でも、各教科や”総合的な学習(探究)の時間”などにおいて以前から実践されており、大切なのは「子どもが主体となる学びをどう実現するか」だと言います。

現在の髙橋さんの勤務校では、英語の授業でSDGsをテーマにした探究活動を実践しています。生徒たちは貧困や環境問題など関心のあるテーマについて調べ、英語で発表し、最後に「自分はどう考えるのか」「自分には何ができるのか」を言葉にします。 こうした実践を踏まえ、髙橋さんは「各教科で一単元の中に一つでも創造的な活動や探究活動を取り入れるだけで、子どもたちの学びは変わるのでは」と話していました。

福井とデンマークのオンライン交流。福井の高校生も壁のスクリーンに映っている。 ※提供:髙橋武志さん

また、デンマーク研修をきっかけに始まった福井県立丸岡高等学校とデンマークの国民学校とのオンライン国際交流も紹介されました。互いの学校や文化を紹介し合い、言葉の壁を越えて交流を深めています。髙橋さんは、「子どもたちは自分ごととして取り組めるテーマがあると驚くほど主体的になる」と振り返ります。

 

日本の教育の課題と可能性

質疑応答では、まず「なぜデンマークは社会的流動性が高いのか」という問いが投げかけられました。

参加者からは「教育無償化だけでなく、福祉制度や受験競争の少なさ、職業教育を含む多様な進路が尊重されていることも要因ではないか」という意見が出されました。

一方で髙橋さんは「デンマークにも課題はある」と指摘します。国際学力調査(PISA)では日本の方が高い結果を示す分野もあり、探究的な学びと基礎学力をどう両立するかは、デンマークでも議論が続いているそうです。

これは、日本で”総合的な学習の時間”が導入された際に議論されたテーマとも重なります。PBLを進めながら基礎学力をどう保障するかは、両国に共通する課題と言えるでしょう。

また「日本で、デンマークの教育方法をそのまま導入できるのか」という問いに対しては、学級規模や教員配置など制度上の違いはあるものの、”子どもが主体的に学ぶ””協働する”という考え方を大切にした活動は、日本でも十分実践でき、実際に日本の学校でも定着している考え方ではないかという見方が共有されました。

さらに参加者からは「日本でも以前から探究活動や問題解決的な学習は行われてきた」とのご指摘もありました。PBLという名称は新しくても、その本質は日本の教育現場にも以前から存在していたことが改めて確認されました。

 

おわりに

今回の発表会を通して見えてきたのは、デンマーク教育の特徴である”対話””協働””探究”の文化でした。 一方で、それをそのまま日本へ移植するのではなく、日本の教育制度、地域、学校の実情に合わせながら実践していくことの大切さも語られました。

海外の教育を学ぶことは、単に他国を真似るためではありません。俯瞰的な態度で私たち自身の教育を見つめ直し「子どもたちにとってより良い学びとは何か」を考えるきっかけになる – そんなことを感じさせる会となりました。

 

関連リンク

インターナショナル・インターンシップ・プログラムス:internship.or.jp/
髙橋武志さんインタビュー@MET:myeyestokyo.jp/65398
researchmap:researchmap.jp/Takeshi_Takahashi

 

My Eyes Tokyo

Interviews with international people featured on our radio show on ChuoFM 84.0 & website. Useful information for everyday life in Tokyo. 外国人にとって役立つ情報の提供&外国人とのインタビュー