【Bad English, I make friends】Rentaさん

インタビュー&構成:徳橋功
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「英語下手でも友達は出来る」クリエイター

 

英語が話せるようになりたいから人とつながったんじゃない。人とつながりたいから英語を話せるようになろうと思ったんです。

 

ある日、何気なくInstagramを眺めていた時のこと。いろんな国から日本に来た人たちに英語で話しかけ、インタビューをしながら交流する日本人男性の動画が流れてきました。

「”聞く”から始める英語コミュニケーションこそ、日本人に最も合った英語学習法ではないか」と考える私たちは、釘付けになりました。長い文章を英語で考えて話すよりも、短い疑問文を投げかけて相手のエピソードを引き出す方が多くの日本人にとって容易だという説を、まさに今回ご紹介するRentaさんが証明していたからです。

「どこから来たの?」「なぜ日本に来たの?」「日本で何をしたいの?」と、5W1H(When/Where/Who/What/Why & How)を使ったシンプルな質問を重ねながら、相手の人生や価値観を引き出していく。それらの動画には日本人だけでなく、世界中の人たちからコメントが集まっていました。

「ぜひお話を聞いてみたい」- 私たちはすぐにInstagramのDMをRentaさんに送信。すると間もなく、とても丁寧なお返事が届きました。スマホの画面越しのやり取りだけでも、その人柄が伝わってくるようでした。

そして数日後。待ち合わせ場所のお店に向かうと、Rentaさんはすでに外で待っていました。爽やかで礼儀正しい好青年 – しかしインタビューが始まると、その印象を裏切るようなエピソードが次々と飛び出してきました。

私たちは驚きの連続。しかしどの経験にも共通していたのは、人に対しても、人生に対しても、そして世界に対しても、真正面から向き合うRentaさんの誠実な姿でした。

*インタビュー@曳舟(東京都墨田区)

 

包み隠さず全部見せる

“Bad English, I make friends”(「英語下手でも友達は出来る」)というテーマで海外から日本に来た人たちとのインタビュー動画を作り、SNSを通じて発信しています。動画には、インタビューに答えてくれる人たちだけでなく、インタビューする僕自身の姿も映し出しています。僕が相手の言葉を聞き取れずに聞き返したり、相手から教えてもらった言葉を僕がうまく発音できずに苦しむ姿もひっくるめて、です(笑)

 
 
 
 
 
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日本人にとって難しいRとLの音が混在する言葉”Really”と格闘するRentaさん

もし相手の答えだけ編集すれば、もっと流れがスムーズで見やすい動画になるでしょう。でも「この人の英語力だけで本当にここまで引き出せているのか?」と少しでも思われたら、嘘を伝えることになりかねません。それよりも、僕があたふたする姿まで見せた方が嘘が無いし、コンテンツとしても面白いですよね。

こんな僕でも、相手に興味を持って接すれば、国籍や年齢、職業に違いがあっても、みんな自分の考えや、人生まで話してくれるもの。そうやって自分の世界が広がっていくことが、何よりも楽しいんです。

この活動を始めた頃は、コンセプトや撮影場所をきちんと決めてインタビューしていました。やがて違和感を覚えるようになり、最近は撮影そのものよりも”出会い”を大切にしています。カメラや三脚をいつも持ち歩いて「面白そうだな」と思った人に自然に声をかける。そうすると相手とのコミュニケーションがよりリアルになり、結果として先ほど言ったような”あたふた”も生まれます(笑)

もちろん、声をかけた人全員がOKしてくれるわけではありません。10組中3~4組には断られます。でもそれも怖くない。撮影できなくてもお話ができれば良いし、出会いそのものを楽しめるようになりましたね。

振り返ると、僕は昔から人とワイワイすることが好きでした。小学校から高校まで部活のキャプテンを務め、人前で話したり、人を励ましたりすることも自然にやっていました。その後もアメリカ大陸を横断したり、人力車を引いたり・・・今の活動は、そんな僕のキャラや挑戦の延長線上にあると感じています。

 

”世界の日本人”に憧れて

僕は子どもの頃から、海外で格闘する日本人に強く憧れていました。野球の大谷翔平選手やボクシングの井上尚弥選手、そしてお笑い芸人の渡辺直美さん。それぞれ分野は違っても、世界を舞台に活躍する姿に大きな刺激を受けていました。

実際、この後詳しくお話しする”アメリカ横断”の途中でシカゴを訪れた時、渡辺直美さんのショーを観る機会に恵まれました。数百人規模の小劇場でのワンマンライブで、慣れない英語で懸命にお客さんを笑わせていた渡辺さん。途中のQ&Aコーナーで僕が思い切って手を挙げ、日本語が通じることを知りつつ、他の観客を意識して片言の英語で渡辺さんに質問しました。終演後には偶然ご本人ともお会いできて「頑張ってね、応援しているよ!」と声をかけていただけたんです。

渡辺さんのような世界で活躍する日本人だけでなく、ハリウッド映画などを通して海外そのものにも漠然とした憧れを抱いていました。

だけど学生時代の僕は、英語にほとんど興味なし。ただ、中学校の英語の先生がその楽しさを教えてくれたおかげで、苦手意識はありませんでしたね。文法よりも、日々の生活で目にするものや使う言葉をクイズ形式で教えてくれたから、僕も自然に楽しめていたのだと思います。おかげで英語は、他の科目に比べて得意でした。

 

見抜かれた才能

一方で僕は、17歳から22歳までの約5年間、プロボクサーとして活動していました。それまで格闘技経験は全くなく、やっていたスポーツは小学3年生から続けていたバドミントンでした。

中学卒業後、僕は高校ではなく高専(高等専門学校)に入学。当時から男らしさに憧れてRIZINなどの格闘技を見ていたこともあり「自分も強くなりたい」と思うようになりました。そこで実家のそばにあるボクシングジムをアポなしで訪ねたところ、グローブを渡され軽くスパーリングすることに。すると会長から「君はボクシングに向いているかもしれない」言われました。僕がバドミントンで鍛えたフットワークや瞬発力を見抜いたのだと思います。

ボクシングを始めて数週間後には「プロを目指してみないか」と勧められ「やってみます」と挑戦を決意。学生や会社員と両立しながら、スーパーフェザー級/ライト級のプロボクサーとしてリングに立ち続けました。


ボクサー時代、勝利の拳を高々とあげるRentaさん(写真左)
※写真提供:Rentaさん

 

金・計画・知識 – 全部ゼロでアメリカ横断

高専卒業後は地元の北九州にある製鉄関連の会社で設計や施工管理の仕事に就き、約2年半働きました。しかし、デスクワーク中心で毎日同じことを繰り返す生活に強い閉塞感を覚えていました。

もともと刺激やワクワク感を求める性格の僕にとって、ボクシングは平凡な日常に変化を与える存在。でも世界チャンピオンを目指すほど熱中してはいませんでした。「このまま会社にいて、ボクシングを続けていても、何も変わらない」- そんな思いが、当時22歳の僕に一気に押し寄せてきました。

「現状を全部ひっくり返してやろう」。溜まっていたものが一気に爆発して、それまでやったことがないものに挑戦したくなりました。それがアメリカ横断でした。

ただ旅行するだけでは面白くない。せっかくやるなら、僕と同じように社会人になりたてで環境の変化に悩む大切な友達にも刺激を与えたかった。だから僕は、ニューヨークからロサンゼルスまでの約7,000キロを、自転車で走破する計画を立てたんです。

肝心のお金が無い、でも今すぐアメリカに行きたい。そこでクラウドファンディングで資金を集めることにしました。支援してくださった人たちへの活動報告や動画配信をしたり、資金提供してくれた地元企業の名前を記した日の丸を、現地で調達する自転車に掲げることを約束。僕の貯金と合わせて合計約80万円を調達し、人生を変える挑戦へと踏み出しました。

 

上陸1時間後に詐欺られた

2023年7月29日、アメリカ上陸。僕はいきなり事件に巻き込まれました。

麦わら帽子に甚兵衛姿で、日の丸を挿したリュックを背負った僕は、ニューヨークのJFK空港に到着。近くのATMで現金を引き出していた時、親切そうな男性に声を掛けられました。その人はタクシーの運転手で、電車が危険だと聞いていた僕は完全に信用し、彼の車に乗りました。

しかし、その人は詐欺グループの一員でした。彼が運転する偽のタクシーに乗せられ、夜の街を連れ回された挙句、下ろされた場所で190cm級の男たちに囲まれました。

当時はほとんど英語が聞き取れない状態。彼らが実際に何を言っているのかほとんど分かりません。でも「これは危険だ」という感覚だけは強烈に伝わってきました。僕が唯一聞き取れた言葉は「300ドル」。タクシーで運ばれるうちに身の危険を感じて「もうここで降りたい」と言ったら「300ドル払え」と言われたわけです。当時のレートで約42,000円、乗車時間はわずか5分・・・

手持ちの現金が無かった僕は、スーパーに行き、クレジットカードで300ドル分のギフトカードを購入。それを運転手に渡して、僕は解放されました。

到着からわずか1時間後の出来事。しかも夜です。僕は本気で帰国しようかと思いました。すぐに母に電話すると「クラウドファンディングまでして行ったんやけ、やるしかないやろ」と・・・

「帰っておいで」ではなく「やり切りなさい」。その言葉は今でも強く覚えています。


たくさんのメッセージで埋め尽くされた日の丸を掲げて出発!
※写真提供:Rentaさん

 

目の前で倒れる大木 背後からコヨーテ

大陸横断中も、危険な出来事は続きました。まず、僕が勝手に”American Weather”と呼んでいる、アメリカ特有の激しい気候です。

快晴だった空が15分後には嵐になることも珍しくありません。ある日、自転車で走っていると目の前に巨大な雨柱が見えたので、好奇心で突っ込んだら、猛烈な風雨に巻き込まれました。何とか通り抜けた直後、目の前の大木が倒れたんです。タイミングが少し違えば、僕に直撃していたかもしれません。

さらにミズーリ州では、コヨーテの群れに追いかけられました。山道を走っていると突然現れ、猛スピードで追いかけてきたんです。もともと僕は、どういうわけか動物に好かれるタイプ(笑)でもこの時はアホみたいに自転車を漕ぎ、偶然見つけた一軒家に逃げ込み、庭にいたおばあちゃんに向かって”Help me!”と叫んで、なんとか助かりました。もし途中で転んだり、あの家が無かったりしたら、今頃どうなっていたか分かりません。

 

ホールドアップしてでも求めた”自由”

危険な出来事が過ぎた後に待っていたのは”自分自身との戦い”でした。

毎日およそ100キロ前後を走り続けました。ビザなしで滞在できる90日間という期限に加えて、帰国便のチケットも買っていたから、それまでに何としてもロサンゼルスに到着しなければ、僕は不法滞在者になってしまいます。そのプレッシャーから、ひたすらペダルを漕ぎ続けました。

到着後の数日間は、初日に味わった恐怖から、外で寝るのが怖くてほとんど眠れませんでした。しかも日本ですら野宿を経験しないまま渡米したので、テントの張り方も分からない状態。到着後3日間は寝ずに1日100キロ走り続け、ある日ついに芝生の上に倒れ込みました。

そこは、個人宅の庭でした。その家の人が通報したのでしょう、しばらくして警官に囲まれ、僕はホールドアップ・・・でも彼らは優しく「ここから出ていきなさい」と言いました。

体力も気力も限界を感じながら、それでも前へ進み続けるしかありませんでした。100キロほど走って「今日どれだけ進んだんだろう」とGoogleマップで確認しても、地球規模で見てみれば、現在地を示す青い円がほとんど動いていない。「こんなに疲れているのに全然進んでないじゃないか」と落胆しました。道中に、東京や福岡に飛ぶ便がある空港がいくつかあり、それに乗って帰国する誘惑にかられました。

でも自分は、かなりの怠け者。だから自分の限界を超えるくらい大きな挑戦をしないと、人生は変わらないだろうと思ったんです。

それに地元の友人たちにもポジティブな影響を与えたかった。僕は友達も家族も大好きなので、自分の挑戦を通して「もっと自由に生きられるんだよ」と彼らに伝えたかった。僕は折れかけた心を奮い立たせて、自転車を走らせました。


※写真提供:Rentaさん

 

培った英語力と生命力

旅の途中で出会った人たちから、必ずと言っていいほど「何をしているの?」と聞かれました。最初の頃は”Bicycle! Bicycle! New York! Los Angeles!”と、とにかく単語をつなげて伝えていましたが、やがて“I’m traveling by bycicle from New York to Los Angeles.”(「ニューヨークからロサンゼルスまで自転車で旅をしています」)というフレーズを用意して、聞かれるたびに言いました。


シカゴで観たショーの終演後、渡辺直美さんと2ショット!
※写真提供:Rentaさん

完璧な英語ではなくても、伝えようとする気持ちがあれば意外と乗り越えられる。アメリカ横断を通して、そんなことを実感しました。しかも語学力だけでなく、生きる力そのものが強くなっていった気がします。

もともと少し潔癖なところもありましたが、どうでもよくなりました。どこでも寝られるし、何でも食べられる。食事も節約を徹底し、スーパーで大量の食パンとピーナッツバターを買い、それを主食にしていました。しかしそれらが尽き、容器の内側に残ったわずかなピーナッツバターを指でこそげ取って舐めながら一日を過ごしたこともありました。

水がなくなったこともありました。コンビニがあると思い、そこを目指して走ったら閉店していて、水が手に入らない。脱水症状でフラフラになりながら探し回った結果、灯台下暗しで、僕が持っていた水筒の底に少しだけ水が残っていました。40度越えの暑さで臭っていましたが、そんなことは気にしていられない。だから飲みましたよ(笑)

最終的に、予定より約1週間早くロサンゼルスに到着しました。

 

”やりたいこと”よりも”できること”

自分探しのためでもあった、アメリカ横断の旅。しかし”人生を懸けてやりたいこと”は見つかりませんでした。

旅の途中、シカゴで僕のSNS発信を見てくれていた日本人家族のご厚意で、1週間以上ご自宅に泊まらせていただきました。そこで将来についてじっくり考え、ご家族の勧めで自分の夢や思いを書き出して整理。ロサンゼルス到着から日本への出発までの間もずっと考えました。でも「これだ!」と思える答えは見つかりませんでした。

それでも、旅を通じて得た大きな財産がありました。”人との出会い”です。SNSを通じて多くの人とつながりました。


※写真提供:Rentaさん

その一人が、人力車を引いて世界を旅するガンプ鈴木さんという方でした。帰国後、僕はガンプさんが当時人力車を引っ張りながらやっていた四国のお遍路巡りに約1か月同行。その経験を通して、人力車に興味を持ちました。

その後、地元で何もしないまま1ヶ月が経過。「とりあえず動こう」と思い、お金も住むあても無いまま、僕は東京へ。都内に就職した、地元出身の幼馴染にお願いして、家賃の半分を支払う約束で彼の部屋に居候させてもらいました。しかし4~5ヶ月でお金が底をつきました。

もう自分探しなどしていられない。今自分にある伝手と経験とスキルですぐにできそうなワクワクを考え、人力車を思いつきました。その仕事は、英語を使うチャンスもあります。アメリカ横断の時にいろんな人たちに助けてもらいましたが、”Thank you”以外に感謝の表現を知らないことに、もどかしさを感じていた。そのレベルから脱却したかったんです。

僕は思い切って、ガンプさんが所属していた人力車の会社を訪問。車夫として、浅草で働き始めました。

 

”聞く”で深める異文化理解

雷門周辺に居並ぶ、たくさんの車夫。その中から僕が選ばれるために、どうすれば足を止めてもらい、興味を持ってもらえるのか、毎日考えながら走りました。

仕事では雷門や浅草寺、浅草神社、今戸神社、スカイツリーなどをお客様にご案内します。僕は、お客さんに楽しんでもらうことを何よりも大切にしていました。彼らの3〜4割は海外からの観光客でしたが、その人たちと「なぜ日本に来たの?」「どういうプランなの?」「あなたの好きなことは?」「日本で一番楽しかったことは?」といった、今の活動に通じる”聞く”ベースの会話で交流を深めていきました。

会話でお客さんを楽しませながら、僕自身も新たに言葉や表現を覚えることが、めちゃめちゃ楽しかった。しかも「これって何て言うの?」「この表現で合ってる?」と聞くと、みんな親切に教えてくれる。それもすごく楽しかったんです。

 

我にもっと自由を

人力車を引いていると、本当にいろんな人に出会います。ある日、97歳のおばあちゃんを乗せたことがありました。

もしかしたら娘さんやお孫さんと東京観光できる最後の機会かもしれない。もしかしたら人力車に乗るのは人生最後かもしれない。そんな背景を知った上でご案内をさせていただきました。

そして最後に「あなたの人力車に乗れてよかった」と言われた時、本当に胸が熱くなりました。

お客さんを見送る時に、何度も涙が出そうになりました。「人の思い出を作る仕事って、なんて素敵なんだろう」- そう感じる場面が何度もあったんです。そんな人力車のお仕事が、僕は大好きでした。

でも、もっと自由が欲しいと思うようになりました。時間、場所、お金をできるだけ自分でコントロールできる人生にしたかったんです。

会社員だと、働く場所も時間も給料もある程度決まっています。僕は昔からそういう環境が少し苦手でした。一方、人力車の車夫は比較的自由で、時間内に仕事が終わったら早く切り上げることができました。

「でも、もっと自由な働き方がしたい」。

もちろん、収入と自由を引き換えにすることには不安だらけ。でもこのままでいる方がもっと不安でした。 僕は、思い切って会社を去りました。

 

出会いが旅の思い出をつくる

僕がアメリカを旅していた時に最も印象に残ったのは、場所や風景よりも”人”。旅の道中で出会った人との関わりが、思い出のほとんどを占めていました。同じように、海外から日本に来た人たちに話しかけることで、その人たちの日本旅行の思い出の1ページになれば・・・

そう思い、僕は今年2月、出会った訪日観光客に話しかけました。それまでのアメリカ自転車旅や人力車での経験があったので、抵抗はありませんでした。ただ自分の身一つだけで、何のコミュニケーションツールも無かったから、相手から不審に思われないように、笑顔であいさつし、インタビューの意図をきちんと説明しました。

その時、僕は自分のアカウントを見せませんでした。その方がよりリアルな会話が生まれると思ったからです。ちなみに今も、インタビュー前に彼らに僕のアカウントは見せません。

その様子を撮った動画を、新たに作ったSNSアカウントに投稿。するとフォロワーが、初日にもかかわらず100人も付いたんです。特に大きく告知したわけでもなかったので驚きました。しかもその中には海外の人もたくさんいたんです。

 
 
 
 
 
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クリエイター&インタビュアーの一歩を踏み出した1本目の動画

 

人としての成長 = クリエイターとしての成長

いろんな国から日本に来た人たちとの会話を続けるうち、世界中に友達ができました。インタビューした人とはお互いのSNSアカウントを交換することが多く、僕から「日本で困ったことがあったら連絡してね」「今度あなたの国へ行く時は連絡するね」と言えるほど親しい関係になります。

昔は会社の看板や人力車というツールを通じて人とつながりました。でも今は、自分自身として人とつながることができる。出会いを通じて僕自身が成長していくことが、そのままクリエイターとしての成長とリンクする。それが本当に嬉しいですね。

 
 
 
 
 
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コメント欄で議論が白熱した”アメリカから来た難民”とのインタビュー動画

僕自身、もともと人に興味があり、いろいろな人の話を聞くのが好きでした。その結果として、もっと多くの人とつながるために英語を使うようになりました。だから僕は「友達を作ったり人とつながったりできるかどうかは、英語力だけで決まるものではない」と思っています。

言語はあくまで”ツール”です。それよりも大切なのは、目の前にいる相手を理解したいという気持ちや誠実な姿勢。僕のコンテンツを見てくださる方は、僕の英語の上手さを評価しているのではなく「いつ?」「どこで?」「どうやって?」という簡単な質問で相手とつながれる、そんな可能性を感じてくれているのだと思います。

 

人とつながって 世界の優しさを感じよう

国や言葉が違っても、みんな同じように悩み、迷い、夢を追いながら生きている。夢を諦めて旅に出た人、人生の転機を迎えている人、新しい挑戦をしている人 – 彼らの話を聞くたびに「苦しいのは自分だけじゃないんだ」と思えるし、自分の世界も広がっていく。それらの経験が、自分の人生を色鮮やかにしてくれるんですよね。

しかもその人たち一人ひとりに思いがあり、ストーリーがあり、生き方がある。固定概念やイメージを外して向き合えば、その人たちの優しさを感じるもの。だからぜひ皆さんにも、いろんな人たちと繋がってほしい。人とつながることが英語学習のモチベーションになれば良いなと思います。

 
 
 
 
 
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Rentaさんが一番好きなインタビュー動画。「今でも忘れられない出会いです。言葉を超えて心が通じ合い、お互いが目の前の出会いを全力で楽しんだ、僕にとって特別な瞬間でした」(by Rentaさん)

実際に最近「外国から来た人に話しかけてみました」「勇気を出して挑戦してみたけど、なかなか話が弾まないんです」というメッセージをいただくことがあります。そうした声を聞くたびに、この活動を続けてきて本当に良かったと思いますね。僕が作りたいのは英語学習コンテンツなどではなく、人と人とがつながるきっかけですから。

つながりの中で、自然と英語を覚えていく。僕はコミュニケーションを繰り返すうち「これを英語で何と言うんだろう?」という疑問が自然と生まれて調べたり、インタビューする前に頭の中でロールプレイングしたりすることで、自然と英語が身についていきました。今後”Bad English”という看板を外せるくらい僕の英語力が上がったとしても、僕が伝えたいのはあくまで”出会いの大切さ”。これからもっと面白いコンテンツが生まれるかもしれません。

 

今後は日本だけでなく、世界中を旅しながら、いろんな人たちと出会っていきたい。いろんな土地で暮らす人たちと出会い、その人たちの人生や価値観に触れ、その魅力を発信していけたらいいですね。

 

Rentaさん関連リンク

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