棚瀬尚子さん & Niki’s Kitchen

インタビュー&構成:徳橋功
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Naoko Tanase
料理教室 主宰

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世界は「ズレ」があって当然。そのズレを調整するのが私の仕事です。

周りにも大きな影響を与えるほどの、ものすごいエネルギーを放ちながら、世界を変えていくための挑戦を続けている人たちのインタビューをお送りします。今回ご紹介するのは、横浜と東京を拠点に料理教室を展開している「Niki’s Kitchen」です。

この料理教室は、他のそれとは全く違います。まず、各国の”家庭料理”を習うこと、教室は先生の”自宅”であること、そして会員制ではなく、誰でも自由に出入りができること。これらが、他の料理教室と大きく異なります。

私がNiki’s Kitchenさんに一番共感したのは、コンセプトです。今年(2010年)7月末に、ある週刊誌で初めてその名前に触れ、「各国の”家庭料理”を学ぶ料理教室」というコンセプトに大変興味を持ちました。そして実際に取材でお伺いした韓国出身の先生のクラスでは、日本の韓国料理店や焼肉店ではめったに出されないようなおいしい家庭料理に、生徒さんが挑戦していました。

これは、すごく深いレベルの文化交流だ ー そう実感した私は、多忙を極める創設者の棚瀬尚子さんに、教室を立ち上げた背景についてお伺いしました。

*英語版はこちらから!

 

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Niki’s Kitchen ウェブサイト

 

Niki’s Kitchenさんは「ありそうで無かった」料理教室だと思います。各家庭を料理教室にするというのは、コロンブスの卵的発想だと思いました。

Niki’s Kitchenは、日本でしかできないと思います。例えばアメリカだと、治安の問題がありますから、家庭に見ず知らずの人を入れて料理を教えるなどということは難しいと思います。Niki’s Kitchenには誰もが自由に出入りできるから、なおさらです。

 

会員制にすればセキュリティは守られると思うのですが、そうしなかったのは何故ですか?

昔の日本は、ちょっと買い物に行くぐらいであれば、鍵を開けたまま外に出ることができたと思います。他にも近所の人にお醤油やお塩を借りてきたり、玄関越しに立ち話をしたり・・・でも私が大人になるに連れて、そういうのが無くなっていきました。

でも、これは料理教室を開いた後の話ですが、知り合いになった外国人は「日本人は”今度ウチに遊びに来てよ”と言う割には、何だかんだ言って遊びに行かせてくれないよね」と言います。日本人にしてみれば社交辞令で言ったことが、彼らには通用しないんですよね。彼らが誰かに「遊びに来て」と言ったら、彼らは本当に自宅に入れますから。

だからせめてNiki’s Kitchenだけは「みんな遊びにおいでよ」って本心で言える、私が子どもの頃の地元のコミュニティのようにしたかったんです。

そして、私がよく生徒さんに言っているのは「一期一会」という言葉です。お料理でも人との出会いでもそうなんですが、このお料理やお料理を教えてくれた先生、そして料理を一緒に習ったり味わったりする人とは、もしかしたらもう2度と会わないかもしれません。それは、このNiki’s Kitchenが会員制ではなく、誰でも自由に出入りできるからこそなのです。

あと、自由に出入りできることによって、自分の意見と必ずしも一致しない人が入ってきます。でもそれは一般社会では当たり前のことですよね。

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よりどりみどり、経験豊富な講師陣。*先生たちとのインタビューは、こちらから。 

 

Niki’s Kitchenを立ち上げたのは、いつですか?

立ち上げは、2000年9月でした。その前は、海外でレストランに行って定番の料理を食べるくらいしかありませんでした。例えばインドネシアに行ったらナシゴレンミーゴレンを食べて終わり、という感じです。

 

失礼な言い方かもしれませんが、そのような方が、なぜ”家庭料理”の教室を作ったのでしょうか。

私は以前、アメリカ人の友達などに教えてもらった料理のレシピを、個人的にサイトにアップしていました。今から10年前、まだ今ほど料理のレシピ本が充実していなかった当時に、外国人から「スパゲティはソースに絡めるだけじゃなくて、パイの中に入れてみてもおいしいのよ」みたいに、全く思いもよらない食べ方を教えてもらったのが衝撃的だったんです。

その時に閃きました。「外国人の家に行ってその国の料理を習うような料理教室を作ったら、私だけじゃなくて他の人にとっても面白んじゃないか」って。

まずは実際にスパイスから作るインドカレーを習ってみたかったのでインド人のご婦人を探しました。

それで、スーパーの掲示板などに先生募集の張り紙をしたり、外国人に直接声をかけて先生を集めることにしました。でも彼女たちは「インターネットで集めたような見ず知らずの日本人を、自分の家に呼ぶなんて怖い」「キッチンが狭いから無理」と言うばかりでした。料理が好きなだけでは先生になってもらうことはできないし、ご本人が乗り気でも、周りの家族が反対するというケースもありました。

先生になってくれる人が見つかるまで、約1ヶ月かかりました。

 

その間、何人かの人には会われたのですか?

会いました。でも、話をして私がお断りした方もいました。例えば冷凍のハンバーグをパンに挟んで「ハンバーガーだ」と言ったり(笑)でもそういうことを経て、ようやくアメリカ料理を教えてくれる、21歳のアメリカ出身の若い主婦の方に辿り着きました。その方には、カップケーキやクリスマス料理を教えていただくことになりましたが、それから徐々に先生が増え出した感じです。

でも、生徒さんから「この料理、あまり好きじゃない」って言われた時、若い先生だとショックを受けるんですね。「この素材は日本人にウケないよ」という一言でショックを受けて辞めてしまう若い先生も結構いました。

一方で、ある程度ご年配の方は、お子さんから「料理がおいしくない」って言われた経験があるので、打たれ強くなっているんですね。だから今Niki’s Kitchenで教えている先生の多くはご年配の方です。

特に女性の先生方で、長く教えてくれている人に共通するのは、ご主人やご家族の理解がある人です。それで教えることにハマった先生は、たとえ事情があって国に帰ることになったとしても、時々日本に遊びに来ます。

そういう方々は口を揃えて「料理を通して日本人を見ることができて楽しかった」と言ってくれます。それは生徒さんにとっても同じで、料理を通してその国の文化の深い所まで入っていくわけです。

 

今では大人気で、キャンセル待ちをしないと希望の料理教室に行けないという生徒さんがいると聞きましたが・・・

というよりは、生徒さんが習いたい料理が、ある分野に集中してしまうんですね。例えば先生が「この料理、おいしいですよ」と言っても、生徒さんたちが習いたいのは別の料理だったりすることがあります。特に、知名度の高い料理には生徒さんが集中しやすい傾向があります。だから同じ先生でも、教える料理によっては生徒さんの数が減ったりします。

ただ徳橋さん(My Eyes Tokyo主宰)が取材された、韓国出身の揚先生の場合は、日本の韓国料理店では食べられないようなお料理を作ったりします。韓国で古くから伝わる家庭料理で、日本ではあまり知られていないものが多かったりします。それでもご存知のように、生徒さんはたくさんいましたよね。そのような例外ももちろんあります。

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揚先生(韓国料理)
揚先生のクラスの紹介:こちら

 

揚先生のクラスでは、生徒さんが先生に「今度○○を作って下さい」と気軽に言っていました。先生と生徒さんの間に壁が全く感じられませんでした。

揚先生は、先生というよりは「近所のおばちゃん」ですね。そういう「おばちゃん先生」はタイ料理や南米料理の先生にもいます。お料理は「おばちゃん文化」かもしれません(笑)それは先ほど言ったように、家庭料理をある程度教えられるのは、少しお年を召した方だからです。男の先生にも若干その傾向はありますね。女性の先生は50代以上、男性の先生は40代以上が平均です。

そういう先生方がすごく生徒さんと良い関係を築いて下さっているので、気晴らしに料理を習いに来る生徒さんも多いですね。

 

習う料理によって、生徒さんのカラーも変わってきますか?

例えばアジア料理を習う人は、ご飯が好きな人が中心です。アメリカ料理を習う人は、同時に英語も習いたいという人が多いですね。ヨーロッパ料理を習う方は元々ハイソだったり、上昇志向が強い方だったりします。

今年は南米料理と韓国料理に、生徒さんが多く集まっています。去年人気だったのはヨーロッパ料理で、おととしが華僑系のお料理(香港や台湾 ベトナムなど)でした。これは、年によって特定の国から来た先生が増えるからです。

ただ同じ国の料理でも、事前の告知の仕方によって生徒さんの数が増減します。何かが原因で、生徒さんの予約が入っていなかったりする。でも実際にそのクラスに行ってみたらすごく良かった、ということもあります。でも生徒さんは自動的に「予約が入っていない=何か問題がある」と思ってしまうんですね。行列があるお店が良い店だ、と思う心理と一緒だから、こればかりは手の打ちようがありません。

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揚先生の韓国料理教室(横浜・山手)
2010年8月7日

でも、今でこそそのような現象が起きていますが、立ち上げた当初は1ヶ月に4人しか生徒さんが来ない時がありました。その中に、私もいました。一方で先生は2〜3人でした。それが、2001年に『日経ウーマン』さんが取材に来て下さってから、一気に生徒さんが増え始めました。女性の編集者の方に「これからどっと生徒さんが増えるかもしれないから、覚悟しておいて下さいね」と言われたんです。その通りになりましたね。

 

他に、苦労される点はありますか?

私の仕事は一般的に「外国人と楽しくおしゃべりをしながらお料理を創造すること・食べること」「予約管理」「入金管理」と想像されがちですが、実際はそうではありません。一番大切な仕事は、先生と生徒さんの間に横たわる文化の「ズレ」を調整することです。

たとえば暖かい地域か寒い地域かで国民性が大きく変わります。南のほうはいつも果物や野菜が取れる地域だから人々がニコニコしています。だからお料理も、手元にある材料を使って大胆に作っていきます。

北の方の地域は、もしニコニコしていたら「食べ物を手に入れたんだ」とばれてしまうからか、ポーカーフェイスです。そして手に入れた食べ物を無駄にしないようきっちりと材料を決めて計量をします。どちらかと言えば北部に属する日本人は、後者の教え方、つまりキッチリと材料を決めて計量をしながら料理を教える方を親切と感じ、一方で南の人は、その逆に計量ではなく体と舌で料理を覚えることこそ重要と感じます。

また日本や台湾、韓国の先生の場合、クラスの最中に先生に質問をすると「授業の邪魔をする」と、けむたがられる場合があります。そのため先生は、生徒から質問が出ないよう細かく教えます。一方で欧米では、質問をしてアピールしてくることは熱意のある証拠と受け取ります。そのため質問ができるように、ある程度余分を持って教えます。ただし日本人にとっては前者のクラス、つまり質問をしなくて良いくらいに教えてくれるほうが親切と感じます。だから欧米の先生は苦労を感じるのです。

また、欧米では大きな体格を冬に寒さから防ぐために、バターやお肉など脂肪分の多い料理をたっぷりと食べる風習があります。その半面、日本は肉食を長い間禁じられていたため、納豆や豆類で貴重なたんぱく質をとっていた歴史があります。欧米人には納豆を好まない人が多く、日本人は過剰なバターの摂取を好みません。しかしその国の伝統を習うためには多めのバターは必需品。本当に、いろんな「ズレ」が先生と生徒さんとの間に横たわっています。

すべて日本のやりかたが正しいと思う生徒さんは、参加すると不満が生まれます。かといって先生に日本式で教えるよう指導してしまうと、それはNiki’s Kitchenではなくなってしまう。そのようなジレンマを抱えながら運営していますから、毎日が綱渡りです。

世界は数々の「ズレ」があって当たり前。でも、先生が自分の思っていたものとのズレが大きく感じられたり、料理教室を開いている間はご家族が家に自由に帰りづらくなるなどの理由で、ご家族の反対に遭うと、残念ながら辞めてしまう場合があります。生徒さんにしてもそうです。世界の「ズレ」を感じながら習う料理教室というのは特殊なものなので、やってみないとわからないことが多い。だから寛容さが必要なんです。

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懇切丁寧に書かれたレシピで、料理を学んでいきます。

もうひとつは先生になりたての方とのやり取りです。

先ほど軽量のところで少し触れましたが、例えば私が「生徒さんには必ずレシピを配るように」と先生に言う一方で、配布をしても実際の教室の内容と違っていたり、または配れない先生がいたとします。理由を聞くと「私の料理は自由だから、レシピには書けない」もしくは「文字で書いたところで誰も覚えない。目で見て手で触って体感することが一番のレシピ」とのこと。材料にしても、その日に手に入った材料で作るから、何を作るかは当日にならないと分からない、という感じです。これは、たくさんの食材を手に入れることのできる南国の料理のクラスや、識字率がまだ高くない国の料理のクラスで起きやすい出来事です。これについては、日本で教えるのであれば、やはり日本のやり方で教えたほうが好ましいと思いますので「生徒さんたちが家で作れるように、レシピをきちんと作って下さい」と必ずお願いをしています。

ただ、そこでYESと言ってくれる先生とNOと言う先生が出てきます。レシピを作ってくれさえすればいいので単純なことだとは思うのですが、それを巡って話し合いをしても平行線のままのこともあります。そういったクラスではレシピはないけれど楽しい!と受け入れてくれる生徒さんと、レシピが無いことに不満を持つ生徒さんとで真っ二つに分かれます。

他にも、自分のやり方を貫き通したくてNiki’s Kitchenに来たのに、作りたい料理は生徒に求められない、教え方を日本のやり方を求める人が出てくる、習い慣れてしまっている生徒さんが退屈そうにしてしまっている・・・みたいな問題も出てきます。

だから、先生と生徒さんの間に横たわる文化の「ズレ」を常に調整する必要があります。Niki’s Kitchenは不特定多数の生徒さんと、入れ替わりのある先生とで成り立っているから、まさに世界の混とん。大変苦労を要する仕事ですが、Niki’s Kitchenの運営を安定させるためには必須なのです。

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揚先生と生徒さんたちが作ったお料理の数々。おいしそう!

 

これからのNiki’s Kitchenは、どんな感じにしていきたいですか?

流れるままです。

Niki’s Kitchenは、人と人が手をつなぎ合うようにして少しずつ成長してきたので、急拡大させることは避けたいです。先生のご自宅を教室にするNiki’s Kitchenとしては、セキュリティの面から見ても、急拡大するのは危険です。

それに、急激に生徒さんが増えたので先生の数も一気に増やそう、と言ったところで、一人の人がきちんと生徒さんに料理を教えることができる「先生」になるまで時間がかかるんです。また、そのレベルに到達するスピードにも個人差があります。

だから少しずつ、Niki’s Kitchenで教えることに興味を持つ人が増えて、その人たちが楽しみながら、私と一緒にNiki’s Kitchenを作っていってくれたら嬉しいです。もちろん生徒さんも少しずつ増えていって、

結果的に多くの人に、五感に訴える形で世界の食文化を伝えていきたいですね。

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棚瀬さん関連リンク

Niki’s Kitchen: http://www.nikikitchen.com/
ブログ:http://blog.goo.ne.jp/nikikitchen
Twitter:http://twitter.com/nikikitchen
各国から来た料理の先生たちとのインタビュー「MET × Niki’s Kitchen」:こちら

 

My Eyes Tokyo

Interviews with international people featured on our radio show on ChuoFM 84.0 & website. Useful information for everyday life in Tokyo. 外国人にとって役立つ情報の提供&外国人とのインタビュー

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