ホップ・ヴェレナさん(ドイツ)

インタビュー&構成:徳橋功
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Verena Hopp
インターンシップ団体代表/相撲研究家

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助けを求めたい時は遠慮しないで。人はきっと手を差し伸べてくれるから。

 

今回で5人目となる、ドイツご出身者とのインタビュー。お相手は、相撲研究家、日本語学校のPR担当、著述家、非営利インターンシップ団体創設者と実に様々な顔をお持ちのホップ・ヴェレナさんです。

私たちがヴェレナさんに出会ったのは、昨年(2015年)に都内でささやかに行われたポトラックパーティでした。とても気さくにご自身のことをお話くださいましたが、中でも私たちが惹きつけられたのが、彼女の“相撲愛”。それはあたかも、この日本独特の、肉体と肉体がぶつかり合う格闘技に人生を捧げているとさえ思えるほどでした。私たちはこれまで、落語や日本茶、日本酒、寿司、蕎麦、芸者などの日本文化に傾倒した外国人にインタビューしてきましたが、ついに日本の国技である相撲を愛する人に出会いました。

現在は日本語学校や、自身が設立したインターンシップ団体に勤務するヴェレナさんですが、相撲のことを忘れたことはありませんでした。むしろ、相撲をどのように他のことに結びつけるかを常に考えています。、日本語学校、インターンシップ・・・ヴェレナさんのこれまでの活動を貫くのは“海外から来た人たちを助ける”ことでした。

*インタビュー@東京リバーサイド学園(台東区)
*英語版はこちらから

 

平等であること 助け合うこと

私は旧東ドイツの小さな村で生まれ、周囲と同様に社会主義の影響を受けた家族のもとで育ちました。それで私も、男女間の平等や協力といった、社会主義の良い側面に共感するようになりました。さらに私の父は「私の頃と違い、今は自由に世界を見ることができるんだ」と言い、いつか外国で暮らすという私の夢を後押ししてくれました。

夢を持つのは素晴らしいこと。だけどそれを実現させるのは難しい。私は今までの経験でそれを知っているから、日本に来て仕事をしたいという人たちを支援してきました。そして将来にわたってもそれをしていきたいと思っています。「人を支援すれば支援するだけ、友達ができる」- そう私は信じています。

私は日本語学校に勤務していますが、そこでの仕事の中心は海外から来た日本語学習者の支援、特に日本に来たばかりの人たちです。そして私が立ち上げたNPO“Internship Japan”(非営利型一般社団法人Global Internship Association)としては、私たちは日本に独自のインターンシップシステムを紹介し、日本でインターン先を探すことを支援しています。

 

相撲に一目惚れ

13歳くらいの頃、私はテレビで偶然相撲を見ました。“ユーロスポーツ”というフランスに本部があるテレビ局が相撲を国際的に放送していたのですが、それは元フランス大統領のジャック・シラク氏が相撲の大ファンだったからです。その頃は、まだ小錦が現役でした。最初は四股名や決まり手の名前などの珍しさから興味を持ちましたが、やがて相撲そのものに夢中になり、相撲について調べ始めました。

その後、インターネット上で相撲フォーラムを見つけました。世界中の人たちが相撲について語り合っている場で、やりとりはすべて英語でした。そこに参加することで、私の英語能力がアップしました。

さらに私は、日本語の勉強を少しだけ始めてみました。16歳、ドイツでは中学校卒業間近にあたる頃です。初めて番付表を見たときに、それらを読めるようになりたいと思ったのがきっかけですが、将来的に何らかの形で相撲に関わる仕事がしたいと思い、本格的に日本語の勉強を始めました。その後私は、大学に進学して日本学を専攻しようと考え、さらにそのためには高校を出ている必要があることに気づきました。もし私に「相撲に関わりたい」という夢が無かったら、父と同じ世界に入って、きっと今頃は自動車整備工になっていたと思います。でも私は一人っ子で、父の後を継ぐ人はいなかったから、私が進むべき道について父に聞いてみたんです。

父は私の目をまっすぐ見て言いました。「僕にとって、君が自分の夢を追いかけ、幸せに生きること以上に素晴らしいことはないんだよ」と。今では父は私に「僕が年を取ったら、事業を売却して日本に行くよ」と言います。あくまで冗談ですが(笑)それに父は「国技館でアイスバイン(塩漬けの豚すね肉を使った、ドイツを代表する料理)を売るんだ!」とたびたび言っていました(笑)

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愛する父と。

少し横道に逸れましたが、そのようにして相撲が私を高校と大学に導いてくれました。

 

相撲の世界へ

私はずっと、旧東ドイツの村を出たいと思っていました。なぜなら私の村は、ある種陰鬱な空気に覆われていたからです。それも私が日本に行きたいと思った理由の一つでした。

私はドイツの大学で日本学を専攻しました。日本そのものについて学ぶのが日本学であり、日本語はその一部に過ぎませんでした。

大学の途中、入学から2年が過ぎた頃、私はワーキングホリデービザで日本に来ました。2006年のことでした。私は相撲部屋がひしめく両国・蔵前エリアを滞在先として選び、そこに10ヶ月間滞在しました。当時の私の日本語レベルはまだまだでしたが、相撲部屋に行っては稽古を見学し、そこの人たちと話しました。私は若くて金髪の女の子だったから、すぐに覚えてもらえました。それがネットワークづくりに役立ちました。

ドイツ帰国後も日本学研究を続け、日本語学習をさらに深めました。それから相撲についての修士論文を書くために、2009年に再来日しました。2006年の時と同じ両国・蔵前エリアに2ヶ月間滞在し、すべての相撲部屋にアンケートを送りました。約70%の返答率で、おかげさまで私の相撲界の現状についての研究は高い評価を得ました。いつか博士課程に進んで研究を続けるかもしれませんね。

 

あるエジプト人との出会い

2009年にドイツに帰国した直後、先ほど申し上げたオンラインの相撲フォーラムで偶然若いエジプト人からの投稿を見つけました。彼はすでに地元のアマチュア大会で優勝を重ねており、日本で力士になりたいと思っていました。私ともう一人フォーラムに参加していた人 – 当時の欧州相撲連合副会長 – は彼の要望に応えました。

「私は日本の相撲界に知人がいます。彼らはきっとあなたを助けてくれるでしょう。もし可能なら、私たちがあなたの願いを叶えて差しあげたいと思っています」。それから私は知っている限りの相撲の知識を彼に伝え、相撲に関する本も贈りました。

彼は最終的に2011年、日本で“大砂嵐”の四股名でデビューしました。私たちは“砂嵐”という名前を考えていたのですが、後に彼を指導することになる大嶽親方が“大”の字を加えました。それから親方が私たちを、大嶽部屋の元親方である大鵬氏(元横綱)にご紹介してくださったことを、今でもよく覚えています。それは大鵬氏に正式に入門を承認してもらうためでした。大鵬氏がおっしゃったことを、私は彼に英語で伝えました。「相撲の基本に忠実であれ!」と、氏は繰り返し彼に伝えました。これはつまり「謙虚であれ、勤勉であれ」ということ。とても力強いメッセージでした。大鵬氏はその後亡くなられたのですが、 本当に感謝しています。

 

ついに力士に

話は前後しますが、2010年12月に大学院を卒業した後、日本への出発の準備を始めました。そこへ起きたのが東日本大震災でした。私の日本行きの飛行機は、震災の1週間後にドイツを発つ予定でした。いよいよ荷物の準備を終え、日本に飛び立とうとしていた矢先でした。

当時のドイツは雇用状況が悪く、また日本学の修士号を持っていた私自身としても、ドイツにいたくはありませんでした。 さらに、私にはあるミッションがありました。先述の、日本で力士になりたいというエジプト人を助けることです。すべての予定はすでに組まれており、しかも大嶽部屋が彼にコンタクトを取っていました。私たちは完全に乗り気でした。

しかし、こればかりはどうしようもありません。私が就職を希望していた東京の日本語学校の人、つまり私の現在の上司が「しばらくは日本に来ない方が良い」とおっしゃいました。なぜならたくさんの生徒さんが地震の影響で母国に帰ってしまい、私の仕事がない状況だったからです。

私は仕方なく、他の仕事を探しました。そしてタイで見つけました。タイならドイツより日本に近いですよね。でも私の頭には常にエジプト人の若者のことがありました。私は日本語学校に「9月に2週間だけ日本に行きます」と伝えました。学校側はそれを了承、そして私たち“大砂嵐プロジェクトチーム”は東京で落ち合い、彼を相撲部屋に入門させるミッションを完了しました。そして私は再びタイへと戻りました。

私の2週間の日本滞在の間、私は日本語学校の面接を2回受けました。私は日本語の環境に身を置きたかったですし、日本語学習者に相撲について教えたいと考えていたからです。

一方、エジプト人の若者が日本の相撲界に入ったことは、日本の新聞各社に報道されました。私は面接に備えてそれらを入手し、面接でお見せしたら、上司もすっかり記事の内容を気に入ってくれました。おかげさまで、東京リバーサイド学園に採用となりました。

私の学校での仕事は広告やPRです。またそれ以外にも生徒さんのケアやビザ関連書類の翻訳もしています。さらに、これは私の大好きな仕事ですが、年4回、私が生徒さんに相撲について講義させていただいています。私の講義は中級レベルのカリキュラムに組み込まれているんです。彼らを大嶽部屋、つまり大砂嵐が所属している部屋にお連れして、稽古を見学します。その後生徒さんが日本語でエッセイを書き、それらが力士たちに送られます。それを通じて外国人たちが力士または稽古についてどのように感じたかを学べるんです。私の生徒さんたちはかなり刺激を受けて、それからもっと日本語の勉強を頑張ろうと思うようです。

 

私と同じような境遇の人を助けたい

2012年11月、私は“Internship Japan”を立ち上げました。当初は世界最大のビジネスSNSであるリンクトインの中のグループでしたが、その後2014年に正式に法人登録し“非営利型一般社団法人Global Internship Association”として発足しました。

私自身のことを申し上げれば、日本に来るまでに様々な障害がありました。まず私がまだドイツにいた頃、誰も助けてくれる人がいませんでした。一方、2006年に来日した時、私は東京のシェアハウスに滞在しましたが、私より先に入居していた外国人たちがすごく助けてくれました。地域で一番値段が安いスーパーや、仕事の探し方について教えてくれたんです。だから私は、時機が訪れたら必ずや「お返し」がしたいと思いました。

シェアハウスに住む前、オンラインで知り合った人が2週間だけソファーを貸してくれました。だからこそ、今度は私がそれをする番だと思い、これまで何人もの人を迎え入れてきました。その中には、My Eyes Tokyoがすでにインタビューしたドイツ人女性もいます(笑)

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Internship Japan設立記念イベントにて、東京リバーサイド学園校長の濱口猛比古氏(左)と。

 

なぜ“Internship Japan”?

私が日本で仕事を探していた時、ドイツで修士号を取得していました。だからまずは日本の会社でインターンとして働こうと考えました。それが欧米では一般的な流れだからです。でも私が履歴書を送った会社はどこも同じように言いました。「私たちはビザ関連の理由から、現役の学生のみ採用しています」。そんなことは全然知らなかった私は途方に暮れました。確かにインターンシップ先を探す人の大多数は、学校の卒業前にインターンを経験する必要があります。私もインターンをして、自分の能力を示すことで会社に就職したいと思っていました。でもそのためのシステムが存在していなかったのです。

私たちは、日本でインターンしたいという人たち全てを支援したいと思っていますが、そのためにはそれを可能にするシステムを立ち上げる必要があります。それが私たちのミッションです。

 

日本を助けたい

日本では、多くの学生が就職活動後に新人として会社に入社します。でも転職したい人たちについてはどうでしょうか?出産後に職場復帰したい女性はどうでしょうか?彼らの前には数々の障害が立ちはだかっています。でも私たちは、誰もがインターンを経験し、新人ではなく、会社の中堅として再出発できると考えています。つまり若者だけでなく、どなたにとってもインターンは有効なのです。

また私たちは独自の奨学金制度を計画しています。例えば起業したばかりのスタートアップや、非営利のNPOはインターンを雇ってもお給料や報酬を支払う余裕がありません。そこでインターンを必要とする会社に対し、私たちがインターンに対する報酬などをカバーする仕組みを作ろうと考えています。

 

インターンシステムは力士も救う

インターンというのは、実は力士の人たちにも有効です。

先ほどお話したように、私の修士論文のテーマは相撲でした。その中心にあったのは「なぜ相撲は衰退しつつあるのか?」であり、私は自分なりの解決策を論文を通じて提示したいと思いました。なぜなら、衰退などしてほしくはなかったからです。でも実際には、力士志望の子供たちの数は減少していました。私が導いた結論は「現役引退後、彼らが第2の人生をスムーズに始めることができる機会を提供すべき」というものでした。それが彼らにとってのセイフティネットになります。力士志望の子供たちの多くは15〜16歳。中学卒業程度です。もし彼らが収入を得ることもなく土俵を降りた場合、彼らの未来は明るいでしょうか?

だからこそ、インターンシステムは力士を救うと私は確信しています。会社に対して彼らがインターンを通じて自らの能力を示すことができれば、35歳で新人として会社に入ったり、高校入学したりする必要もなくなります。

私たちの団体は力士をマスコットキャラクターに採用しましたが、それはこのような背景があるからです。「国籍・人種問わず、誰もがインターンを通じて日本でプロレベルで活躍できる!」 – そう言えるようになりたいです。

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*Internship Japanの詳細については www.internshipjapan.org/jp/ をご覧ください。

 

きっと誰かが助けてくれる

Internship Japanの代表として、私はボランティアスタッフのご協力のもと、出身地を問わずインターンシップ先を探している人たちの支援をしたいと考えています。それを実現するためには、あらゆることを曖昧にせずに明確にしておく必要があります。例えば“”の定義、インターンの在留資格、保険、給与などですね。さらに私たちは政治家や弁護士、税務署、入国管理局の皆さんのお力もお借りしたいと考えています。またスポンサーや、インターンを採用してくださる企業の皆様のお力も必要です。

そして日本でのインターンを希望している外国人の皆さんへ。
まずはできる限り日本語を勉強してください。そして“ AAA(Always Active Approach: 常に積極的にアプローチせよ)”を心がけ、誰かに助けを求めることを恥じないでください。きっと誰かが皆さんに手を差し伸べてくれます。もし誰かが忙しくて余裕が無いなら、あきらめず他の人に声をかけてみてください。きっと皆さんのことを助けてくれる人が現れますよ!

 

外国人も“人間”

外国人が日本に仕事をしに来ることは良いことですが、それを実現させるのは少し大変だと思います。そのためにはルールが必要です。そして外国人は単なる労働力ではなく“人間”なのだということを認識していただければと思います。

そしてインターンシップについてもご理解いただきたいと思います。インターンシップは研修とは違いますし、また無料で働くアルバイトでもありません。

インターンのイメージを変えたいと思っている私たちにご協力くださる方々を募集しています。今、私たちのウェイティングリストには2000人以上の人たちがいます。これほど多くの人たちが日本の会社でのインターンを希望しているのです。

さらに、インターンを希望する人たちが履歴書などを登録できるオンライン掲示板の構築など、私たちのウェブサイトをより充実させたいと考えています。そのためにご協力くださる方々を必要としています。

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Internship Japanのチームメンバー

 

ヴェレナさんにとって、東京って何ですか?

故郷です。

東京に行くことは、私の夢でした。東京に住んでみたいと、いつも思っていました。だから私がドイツに里帰りしても、3〜4日で私の愛する墨田区に戻りたいと思ってしまいます。

だから東京は、私にとってただ一言。故郷です。

 

My Eyes Tokyo

Interviews with international people featured on our radio show on ChuoFM 84.0 & website. Useful information for everyday life in Tokyo. 外国人にとって役立つ情報の提供&外国人とのインタビュー

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