榊原健太郎さん & サムライインキュベート

インタビュー&構成:徳橋功
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Kentaro Sakakibara
インキュベーター

 

Facebookを抜くサービスを日本人が生み出すことは可能です。

 

「GoogleやFacebookを日本から生み出す!」もしこう言われたら、皆さんはどう感じるでしょうか。「無理に決まっているよ」と思う方もいらっしゃるかもしれません。 今回のBig Generatorsは、それをミッションに掲げて日々活動している一人の男をご紹介します。「サムライインキュベート」代表取締役の榊原健太郎さんです。

私たちが初めて榊原さんの存在を知ったのは、2012年4月発売の「AERA」(朝日新聞出版)でした。日本から世界に進出する起業家や、彼らを支援するインキュベーターや投資家の特集でしたが、「サムライ」という言葉が非常に強く私たちの脳裏に焼き付きました。

それから折に触れて榊原さんの言葉をネットなどで見るようになりました。中でも印象的だったのが、サムライインキュベートのモットーである「できるできないでなく、やるかやらないかで世界を変える!!」という言葉。世界を変えようと日々奮闘している人たちを取材してきた私たちにとって、この「世界を変える!!」という強い意思をはっきりと示す人に、ぜひお会いして話を聞いてみたいと思うようになりました。

そして今年9月。たくさんの起業家たちが集まった「サムライ・ベンチャー・サミット(SVS)」で、私の目の前にいた榊原さんは、彼のトレードマークである拡声器を握りしめて強く言い放ちました。「僕たちはGoogleやFacebookを日本から生み出すまで、SVSをやり続ける!」・・・この情熱に私たちはじっとしていられなくなり、榊原さんの元へ駆け寄って取材を申し込みました。

正直に言いましょう。これほどまでに一筋縄でいかない人は、初めてでした。でもその複雑なバックグラウンドこそが、彼を突き動かす原動力だったのです。

*インタビュー@サムライ・スタートアップ・アイランド天王洲アイル
*英語版はこちらから!

 

「サムライ」の理由

サムライという名前を付けた理由はたくさんありますが、立ち上げに参画した「VOYAGE GROUP(旧ECナビ)」という会社で僕が率いていた営業チームを、僕が「サムライ営業本部」と名付けたのがひとつのきっかけです。それはチームメンバーの一体感を引き出すためでもありました。

もうひとつの理由は、映画『ラスト・サムライ』(2003年)です。あの映画はどちらかと言うと客観的にサムライ魂を映し出した作品だと思うのですが、外国から見てもサムライ・スピリッツというのは評価されるものだと実感しました。僕自身「最後の一人になっても皆のために戦う」という彼らの自己犠牲の精神にすごく惹かれますし、新政府軍が、戦火に倒れた幕府軍の勝元(渡辺謙)に、同じ日本人としてきちんと礼を示した姿もカッコいいと思いました。近年では東日本大震災後に海外から日本人の謙虚さや誠実さ、礼儀正しさが評価されましたが、これもサムライ・スピリッツだと思います。

しかし一方で、日本人にはまだまだまとまりを感じられないのも事実。特に若手のビジネスマンに顕著です。「若者たちで世界に打って出よう!」という一体感が感じられない。でもスポーツでは野球の「サムライ・ジャパン」やサッカーの「サムライ・ブルー」の旗の下に、日本代表が世界で素晴らしい成績を収めているわけです。だからそれに倣い、サムライ軍団として若手のベンチャー企業がひとつになって世界を攻めようと思ったんです。それに「サムライ=日本」だから海外から見ても分かりやすいですよね。

 
フロア面積555㎡を誇るインキュベーションスペース「サムライ・スタートアップ・アイランド」

 

一歩踏み出せば世の中は変わる

僕のキャリアは、医療機器メーカーからスタートしました。僕は学生時代、社会貢献活動に取り組んでおり、そんな僕の思いにマッチすると思ってその会社を選びました。しかし、現実の世界は思っていたものとは違っていました。3年間そこで働いた後、自分の過去の経歴とは関係なく平等にチャンスがもらえるであろうIT業界に転身しました。

上場企業から、マンションの1室をオフィスにしていた無名ベンチャー企業への転職だったので、多くの人から反対されました。それらを振り切ってゼロから「ECナビ」(創立時はアクシブドットコム)という会社の立ち上げに参画し、年間売り上げ20億円まで持っていきました。

しかもかつては”インターネットは悪”と思われていたのが、今では一般的に使われています。「頑張れば何だって実現できるんだ」と思ったし「一歩踏み出せば世の中は変わるんだ」とも思った。だから何かに挑戦するのが恐くなくなりました。そこから「できるできないでなく、やるかやらないかで世界を変える!!」という当社のスローガンが生まれたんです。

 

死んだらどれだけの人が泣いてくれるか?

会社の成長に関わるのが面白く、また30歳までは高収入を得て良い車に乗ることを目標にしていました。でもいざそれを達成してしまうと、お金を持っていても面白くないと思うようになりました。

また、昔から自分が死ぬときのことも考えていたんです。「榊原さんは”近所だから”葬式に行ってくる」ではなく、「榊原さんには本当にお世話になったので、お葬式には必ず出席するんだ」と言ってもらえる、しかもよりたくさんの人に言ってもらえるようになりたい。それを目指す人生を、30歳を境に始めようと思ったのです。

僕には、売り上げゼロの会社を20億円まで持っていった経験がありました。それを生かす形でたくさんの起業家を支援したい。その末に、僕が思い描くような人生の閉じ方を果たすことができたら・・・そう思い「サムライインキュベート」を立ち上げました。初めて自分が代表として会社を興した瞬間でした。

 

自宅から世界を目指す

僕が「サムライインキュベート」を立ち上げた2008年当時は、日本のITスタートアップがたくさん立ち上がっていたにも関わらず、誰も支援していませんでした。だからまずは僕が”日本のITスタートアップの営業本部長”を務めようと思いました。先ほど申し上げたように、ゼロから立ち上げた会社を、億単位の売り上げを弾きだすまでに持っていった経験が僕にはあるので、収益化は得意分野でした。スタートアップに資金提供するだけでなく、収益化のノウハウも提供しようと思い、インキュベーション事業に乗り出しました。

今ではかなり広いスペースをコワーキングスペースとして使わせていただいていますが、元々は僕の家からの出発でした。本当は、廃校をインキュベーションスペースにしたいと思っていたのですが、経済産業省から「インキュベーションの実績が無い」という理由で断られた。それでやむなく自宅で始めたのです。

当時の僕の家は、せいぜい2人くらいしか仕事ができない小さなスペースでした。僕が支援していた起業家が集まってのミーティングはファミレスでやっていたくらいです(笑)

そのうちに、オフィスを必要とする起業家さんが現れ始めたので一軒家を借り、そこを「サムライハウス」と名付けて彼らに開放しました。しかも彼らとはそこで一緒に住んでいたんです。だからコーワーキングスペースではなく”コーリビングスペース”でしたね(笑)

そのうちに、僕が支援した会社のうちの1社がイグジット(ベンチャービジネスの創業者やそれを支援した投資家が株式を売却し、利益を手にすること)し、しかも起業相談もめちゃくちゃ増えてきたので、イグジットで得た利益の投資に加え、寺田倉庫様からのご支援を受けて今の「サムライ・スタートアップ・アイランド」を作りました。昨年(2011年)11月のことです。

このような場を作れば多くの人の関心を呼び、やがて経済産業省がスタートアップ企業支援に動くなど、日本の起業環境が変わります。それに日本人って、誰かがやらないと動かないですよね。だから僕は常に先陣を切りたいと思っているのです。僕は誰もがやっていないことをするのが大好きですから。

  
榊原さんの活動を特集した記事の数々。右下に「サムライハウス」の様子を写した写真が見える。

 

サムライたちの祭典

僕たちは日々のインキュベーション活動に加えて「日本のスタートアップの祭典」を主催しています。「サムライ・ベンチャー・サミット」(SVS)という名前ですが、当社の支援先に限らずそれ以外のスタートアップにもブースを出していただいて、自分たちのサービスをアピールする機会を提供しています。また国内外の投資家やシリアル・アントレプレナーなどを招いての講演やパネルトークを行ったり、「サムライ・シャウト」という何十社ものスタートアップによるショートプレゼンテーションも行います。

先月(2012年9月)に行った第6回のSVSには、約800人の方々にお越しいただきました。かなり大規模なイベントですが、元々のアイデアは当社の支援先同士の飲み会でした。でも集まって飲むだけでなく、せっかくならプレゼンもやろうということで始まったのがSVSです。第1回SVS(2010年6月)の参加者は50人程度でしたが、そのうちに当社からの支援を希望する人たちも参加するようになり、規模が少しずつ大きくなりました。
そのような経緯で始まったイベントですから、カタい雰囲気は全くありません。特に「サムライ・シャウト」では、参加者からプレゼンターに対して冗談めいたヤジも飛び、笑いが生まれます。まるで学園祭のようです。

だから僕はこのSVSを「スタートアップの学園祭」と呼んでいます。学園祭のように、主催者も参加者も一緒になってイベントを作っていく。つまり僕は、支援先もそうでない会社も関係なく、みんなで一緒に世界を目指す場を作りたいんです。そうやって日本から世界で成功する会社を生み出すための環境作りをしたいと思っています。その思いをさらに日本全国に広げるために、最近では東京以外に福岡や香川、名古屋でもSVSを開催しています。今後は沖縄(*2012年10月初旬に開催)や八戸でも開催する予定です。

まさに日本の野球が「サムライ・ジャパン」の旗印のもとで世界と戦うのと同じ。そしてSVSをきっかけに「日本を変えよう!」「日本を元気にしよう!」と皆さんが思ってくれたら嬉しいですね。

 

第6回サムライ・ベンチャー・サミット(2012年9月22日@日本マイクロソフト本社)

 

サムライたちを世界へ

「サムライ・ベンチャー・サミット」は日本国内だけでなく、海外でも開催しています。かつて当社の支援先企業を、シリコンバレーのスタートアップイベント「TechCrunch Disrupt」に出展させたこともあり、2011年9月に海外初のSVSをシリコンバレーで開催しました。今年の2月にはニューヨークで開催し、以降タイやベトナム、インドネシアで開催、そして先月はシリコンバレーで再びSVSを開催しました。

参加者は、シリコンバレーで言えば第1回は日本人が多かったのですが、第2回は地元の人も参加してくれました。海外に行ったからには、地元の人たちにアピールしないと意味がありません。

その点「サムライ」という言葉は現地の人たちに強いインパクトを与えます。しかもシリコンバレーではかなり僕たちの名前が広まり、中には僕たちがシリコンバレーを拠点に活動していると思っていた人がいるほどです。

だから来年あたりに、本当にシリコンバレーにも拠点を置こうと考えています。今は現地でインキュベーションしている日本人がいないので、日本人の起業家がシリコンバレーに行っても誰を訪ねて良いか分かりません。まして月に5社も投資しているインキュベーターなど皆無です。そこで僕たちが現地に拠点を置くことで、日本のスタートアップが現地での起業にチャレンジできる環境を作りたいと思っています。

 
写真左:シリコンバレー(2回目) 写真右:ニューヨーク

  
写真左:タイ 写真中:ベトナム 写真右:インドネシア
写真提供:サムライインキュベート 

 

先輩方に報いたい

このようなことを考えている僕ですが、実は明治時代から続く琴・三味線のお店の4代目なんです。僕の父は職人兼経営者ですが、言葉少ない、典型的な職人タイプの人間です。僕がサムライ・スピリッツを叫ぶのは、もしかしたら僕が伝統工芸の職人の血を引いているからかもしれませんね。

それもあってか、自分が日本人であることは強く感じます。だから日本人として、日本の経済発展に貢献したいと思っています。僕たちの先輩方は、焼け野原から”世界に誇れるカッコいい日本”を目指しました。そしてその過程の中でトヨタ・ホンダ・ソニー・シャープなどの企業が生まれ、世界的な成功を収めました。これらのおかげで、僕たちは豊かな生活ができているわけです。

しかし、これらの企業の中には往年の姿を見る影も無い、というところもあります。そんな今こそ僕らが先輩方に恩返ししなければいけないと思います。今のままだとFacebookやGoogleにソニーが買収されてしまうかもしれない。それは何としてでも避けなければいけません。それに先輩方に恩返しするために、諸先輩方が作られたような世界的企業を、私たちも作らないといけないと思っています。

しかし変化のスピードがものすごく速い現代、ものづくりの世界ではそれについていけません。だからこそ僕らはITでグローバルなサービスを作ろうと考えています。

これからの日本は少子高齢化社会です。つまり生産人口はかつてよりずっと少なくなります。でもITなら少ない人数でたくさんの人を豊かにできるし、少ない人数で高齢化社会を支えることができる。ご高齢になられた先輩方に対し、僕ら若手は”負担”と思うのではなく、積極的に支えなければいけない。グローバルな会社を作れば、世界中から日本にお金が入ってくるので、それが可能になると思うのです。


ソニー元社長 出井伸之氏による講演
2012年9月11日@サムライ・スタートアップ・アイランド

 

空気を読むな、前へ出よ

日本の起業家が生み出すサービスは、シリコンバレー発のものに劣っていないどころか、優れているとさえ僕は思います。だから英語力を磨いて現地での人脈を築けば、Facebookを抜くグローバルサービスを日本人が生み出すことは可能だと思うのです。セコイア・キャピタルクライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズといったアメリカの有名ベンチャーキャピタル(VC)からの投資を受けられさえすれば、もう成功することは目に見えている。そうしてシリコンバレーでの成功事例を作れば、向こうから日本に来て投資対象を探すようになるでしょう。そうなれば日本のVCさんが今のシリコンバレーのVCさんのような位置に立てる。そうすれば、かつてのような「経済的に強い日本」が復活すると思います。

ただし、そのためには起業家も、また起業家を支援する人たちも”一歩前に出る”ことが必要だと思います。良い意味で「KY」(空気を読まない)になって欲しいですね。

 

雇用創出こそ最大の社会貢献

僕はかつて、社会貢献活動にのめり込んだ時期がありました。大学時代、ひょんなことで社会貢献活動のサークルに入ったのがきっかけです。孤児院や過疎化した町の小学校で子どもたちと遊んだりしました。その後、カンボジアに家や孤児院を寄付したり、地元の子どもたちが遊ぶための遊具を作るなどの活動をするNGOの隊員になりました。

社会貢献活動は、インキュベーターになった今でも続けています。例えば当社の年間の収益の1%をNPOさんやNGOさんに寄付しています。また昨年(2011年)は全国の孤児院に60個のサッカーボールを贈らせていただきました。


子どもたちからのたくさんの「ありがとう」

確かに社会貢献活動は意義あることですし、人も喜んで下さるのでやりがいがあり、僕自身も楽しんでさせていただきました。でも少し俯瞰して考えてみると、最終的には雇用を作って皆さんにお金を行き渡らせ、それにより満たされた家庭を築き、満足した生活を送れるようにすることが、最大の社会貢献ではないかと思います。だから僕は、今は起業家を生み出すことに集中しているんです。

また僕たちの「サムライ・ベンチャー・サミット」で東北も回るのですが、IT起業による震災復興も可能なはずです。マイナスからゼロに持っていくのはかなり長い時間が必要ですので、それは政府などにお願いするとして、僕たちはゼロの状態からプラスを生み出すことに貢献したいと思っています。

 

榊原さんは、日本をどう変えていきたいですか?

起業家の国にしたいですね。

日本にはまだまだ起業家が少なく、また起業事例も少ないです。それは日本の起業家が「自分で興した会社は死ぬまで自分が経営しなくてはいけない」と思いがちだからだと思います。そうではなく、途中でM&A(合併・買収)されたり、起業家自ら会社を売却したり譲渡をしても良いと思うんです。そこからインキュベーターに転身したり、再び会社を興すような人を増やしたい。あとは政治家を全員経営経験者にしたいですね。そのくらいしないと、日本は活性化しないと思います。

僕たちは将来、ITだけでなく伝統工芸やものづくりの分野も支援したい。最終的には、僕らは「日本の営業本部長」になりたいと思っています。

 

榊原さんが「世界を変えた」暁に実現したいことは何ですか?

世界平和です!

 

榊原さん関連リンク

株式会社サムライインキュベート: http://www.samurai-incubate.asia/
サムライ・スタートアップ・アイランド:http://samurai-startupisland.asia/

 

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