マトヴェーエヴァ・マリカさん(ジョージア/ロシア)

インタビュー&構成:徳橋功
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Marika Matveeva
共同経営者

写真提供:マトヴェーエヴァ・マリカさん

 

 

 

 

子どものころからずっと探していた”私の生きる道”。それを私は日本で見つけたような気がします。

 

 

 

 

2023年、明けましておめでとうございます!本年も皆様のご愛顧のほど何卒宜しくお願い申し上げます。

これまで17年にわたり、世界五大陸から日本に来た人たちのお話に耳を傾け、彼らのストーリーを紡いできたMy Eyes Tokyo。しかしこの国で生まれた人には、仕事でも、また私たちのプライベートでもお会いしたことがありませんでした。ロシアやトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンに囲まれた東西文化の交差点、ジョージアです。

日本では2015年4月まで「グルジア」と呼ばれていたこの国。お酒を楽しまれる人ならジョージアワインを、そうでない人なら鶏肉をガーリックソースで煮込んだ”シュクメルリ”を楽しまれたことがあるかもしれません。本年最初となる今回は、それらの故郷で産声を上げ、ロシアを経由して日本にやって来たマトヴェーエヴァ・マリカさんをご紹介します。

ロシア語での執筆やリサーチを行う日本人女性を通じて出会ったマリカさん。全ての人たちを優しく包み込む雰囲気を醸し出す彼女は、長い間”何か”を探してきました。そしてこの日本で”何か”を見つけました。それらに至る苦悩と喜びを、記憶をたどるように訥々と私たちに語ってくれました。

※インタビュー@千葉市美浜区

 

行きたい場所が分からない

私は今、日本人男性と一緒に立ち上げた「onjpn」という会社で複数の事業をしています。日本への語学留学を希望する人たちへの語学学校の紹介、留学は考えていないが日本語を学んでみたいという人たちに向けたオンライン語学クラスの運営、日本に旅行に来たい人たち向けのグループツアーの企画や提案を行っています。また日本に住みたいという人たちには物件の紹介も。毎日一生懸命工夫してSNSなどで発信しているおかげで、ロシア語圏からだけでなく、英語圏やスペイン語圏からもお問い合わせをいただくようになりました。また日本に到着した人たちにホテルやシェアハウスなどまで同行するアテンド業務も行っています。

これらのほとんどは、私自身の経験や体験した苦労、それらから私が心から欲したことを事業にしたもの。かつて私が通ってきた道を、より簡単に歩けるようにしたい – それが、私が日本で事業を立ち上げた理由です。


電源の「on」や「only」「online」などの意味を込めた会社「onjpn」※クリックするとホームページに遷移します

 

「これが私の生きる道」。今の私は、そうはっきりと言えます。でも今まで、自分がどんな道を歩むべきか、何を目標にするべきか、自分が本当に欲しいものは何なのか、私はずっと迷っていたのです。

 

戦火を逃れて出会った”日本”

私は法律関係の仕事をする父と、母国では有名だったピアニストの母のもとにジョージア(旧グルジア)で生まれ、現在は指揮者をしている妹と共に育ちました。しかし国内で起きた紛争から逃れるため、私が5歳の頃に一家で国外へ。ロシアのモスクワ近郊に移り住みました。

その後私は音楽に触れ始めます。8歳の頃からピアノを学び、専門学校で音楽理論を学びました。しかし何かを夢見ていたわけではなく、自分が目指す方向性についていつも迷っていました。

専門学校やモスクワの大学で学んだ後、私は大学院で哲学やロシア・ヨーロッパの文化を研究するため、ロシア第二の都市・サンクトペテルブルクへ。しかしヨーロッパのどの国の文化も似通っているように感じた私は「びっくりしたい」と思いました。そんな頃、友人が私にある楽器の音を聞かせてくれたのです。

それまでヨーロッパの楽器にしか触れてこなかった私にとって、その響きはとても新鮮に感じました。”シャミセン(三味線)”というその楽器がどの国のものか彼に聞きました。私が日本に興味を持ち始めた瞬間です。

それから日本のアニメやマンガを見、またそれらを理解するために独学で日本語の勉強を始めました。やがてプライベートレッスンまで受けるまでに日本語に没頭し、約1年半後に日本語能力試験(JNPT)の「N5」(基本的な日本語をある程度理解できる)を取得しました。

 

「大好き!」を探す旅

大学院を卒業後、私はサンクトペテルブルクにある世界的に有名なエルミタージュ美術館に就職。最初は館内の土産物店の運営に携わっていましたが、後に館内のガイドも行うように。その仕事で香川県からいらした日本人女性に出会い、仲良くなった彼女から「ぜひ日本に来てくださいね」と言われました。

その約束を果たすべく、私は2016年、ついに日本の土を踏みました。彼女の故郷である香川県高松市を中心に、岡山県の倉敷や広島、宮島、、京都など西日本各地を周りました。その間はずっと彼女と一緒。生まれて初めて触れる、自分が親しんできたものとは全く違う言語や文化、風景に驚き、より一層日本に惹かれるようになったのです。

その翌年、私は再び日本へ。西日本各地と東京を周りました。西日本は前回ご一緒してくださった友人が案内してくれましたが、その後の予定が合わず、東京へは1人で来ることに。当時は漢字をそれほど読めなかったので、買うべき新幹線の切符を誤ったり、東京に来てからもJRや地下鉄のあまりの複雑さに乗る電車や降りる駅を間違えたり・・・。「ここに住むことなんて絶対にできない」と思いましたが、降りかかる難題を全て挑戦ととらえてクリアしていきました。

こうして終えた2度目の日本旅行。ロシアに帰り解放感に浸っていましたが、不思議なことに寂しさを覚えるようになったのです。日本人の規則好きな性格を感じていましたが、法律家を父に持つからか、私はそんな人たちに惹かれました。それに、私は音楽や芸術を勉強してきたけれど「大好き!」と言えるほどではありませんでした。

どこかにあるかもしれない「大好き!」を求めたのか、私はもっと日本のことを知りたくなりました。世界的に有名な場所で働いていましたが、その先も同じ職場で仕事をするのは私の性分に合わないし、学んだ日本語を活用しないのはもったいない。そこで私は、旅行ではなく日本で生活することを思いつきます。最初は3ヶ月間だけ滞在し、その後本当に「また日本で暮らしてみたい!」と感じたら、さらに長い期間日本で生活しよう – そう決めた私は2018年9月に思い切って美術館を退職。その翌月に荷物をまとめて東京へと飛びました。

 

次なる挑戦

都内の日本語学校に入学した私に、勉強漬けの3ヶ月が待っていました。京都への数日間の旅行以外ほぼ全ての時間を勉強に充て、日本語能力試験の「N4」(基本的な日本語を理解することができる)を取得。ロシアに帰国後、私はフリーランスとしてエルミタージュ美術館や、周辺の街にある宮殿などでのガイドを行い、さらにピアノの指導もしながらお金を貯めました。それは他でもない”日本でより長く暮らす”という挑戦への準備でした。

こうして2019年7月、私は本格的に日本での生活を始めました。まずは留学生として、以前と同じ日本語学校で1年半日本語を学習。在学中、2020年に開催予定だった東京オリンピックに向けて、学校からボランティアスタッフの募集がありました。私は競技会場での受付や通訳の仕事に応募し、面接を受け合格。しかしコロナウィルスの影響によりオリンピック開催が延期となり、その採用は白紙に戻りました。

それにもめげず、私は居酒屋やホテル、観光ガイド、日本在住ロシア人のためのピアノ講師など様々なアルバイトをしながら日本語を勉強した私は、就職活動で観光関連企業を訪ね、それらから内定をいただきました。しかしコロナウィルスのために、いつ入社できるのか分からない状態。学生ビザが切れる前に就職を決める必要があった私は、内定後すぐ入社できる、ロシアから日本への留学生をサポートする企業に入りました。そこで私は提出書類の翻訳や、日本語学校とのオンラインイベントの企画・開催など様々な業務を経験。在職中に日本語能力試験を再び受験し「N2」(日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる)レベルに到達しました。

 

やっと見つけた私の”幸せ”

話が少し戻りますが、2019年に4度目の来日をした頃、私はある日本人男性と出会いました。彼と仕事についていろいろ話していた時、彼は言いました。「あなたには語学力や留学サポートなどの経験がある。だから自分で会社を立ち上げたらどうだろう?」。その言葉に一瞬だけ気持ちが高揚したものの、すぐに「そんなことができるはずがない」と落胆しました。なぜなら起業は、外国人にとってとてもハードルが高いからです。

でも彼の言葉が脳裏に焼き付いて離れなかった。だから私は「まずは自分ができることをやろう」と考え、個人として日本語学校と提携して日本語のオンラインクラスを開始。その後2022年5月、彼が会社「onjpn」を立ち上げ、私はそこに入社しました。”短期・長期の語学留学””オンライン日本語クラス””旅行””観光ガイド”という私の経験をフル活用し、様々な目的で日本に来る外国人にとって少しでも異国での生活が容易になるためのサポートを、彼と共に行っています。

「これが私のやるべきことなんだ!」と思いました。そして子どものころから頭の片隅でいつも感じていた迷いが無くなっていくのを感じました。自分が進むべき道をずっと探していましたが、それは全く無駄ではなかった。むしろ迷いながらさまよい歩いてきた経験こそが私の仕事となりました。回り道をしてきたからこそ、私は自分が行くべき場所へとたどり着くことができたのです。

 

マリカさんにとって、日本って何ですか?

私に合っている場所です。

どの国にも似たような文化が存在するヨーロッパと違い、日本には日本独自の歴史や文化があります。私にとってそれが心地良いし、ルールを重視する日本人の性格も自分に合っている。私は今、日本で生活も仕事も心から楽しんでいます。

日本の文化や日本人の考え方が理解できないと、日本には住みにくいと思います。これらを理解することは、日本で生活する上で本当に大切。私もまだそれらを100%理解しているわけではありませんが、日本が好きだし、日本に対して感謝の気持ちがあるから「分からないことも、まずは理解しよう」という前向きな思いが生まれてくるのです。

私はこれからも日本に住み、日本で仕事をしていきたいと思います。

 

マリカさん関連リンク

onjpnウェブサイト:onjpn.net/jp/
japancy:japancy.com/ ※日本旅行ツアー運営サイト
Instagram:instagram.com/on.jpn/

 

My Eyes Tokyo

Interviews with international people featured on our radio show on ChuoFM 84.0 & website. Useful information for everyday life in Tokyo. 外国人にとって役立つ情報の提供&外国人とのインタビュー