【台湾のダイソー文化を支える若きホープ】下登瑞穂さん
インタビュー:徳橋功/ホフ・ジェニファー・アンドレア
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Mizuho Shimonobori
(株)大創産業 グローバル運営本部 台湾運営部 係長

海外に挑戦したいなら、語学の勉強よりも、まずは一歩踏み出してみてください。
誰もが一度は訪れたことがある100円ショップ”ダイソー”。非常に安価でありながら、生活用品から文房具、キッチン用品、収納グッズ、趣味のアイテムまで幅広く揃い「ダイソーがあれば生活に困ることは無い」と多くの人に頼られる、もはや私たちの生活インフラと言える存在です。
海外に旅立つ日本人にとっても、ダイソーは強い味方。旅行用品や変換プラグ、収納グッズ、衛生用品など、出発前の準備で立ち寄る人も少なくありません。そして日本に住む外国籍の方々や訪日観光客からも人気を集めています。そんなダイソーは現在、全世界で約5,800店舗を展開。海外には25ヵ国・地域に1,100以上の店舗網が広がっています(※2026年2月現在)。
その海外事業の第一歩となったのが、2001年に進出した台湾でした。以来20年以上にわたり、台湾ダイソーは現地で多くの人々に親しまれ、現地店舗数は2026年7月現在で117に達しています。今回は、そんな台湾ダイソーで活躍する下登瑞穂さんをご紹介します。
入社する前は決して海外経験が豊富だったわけではなく、語学系学校のご出身でもなかったそう。英語力は日常会話レベル、中国語についてはほぼゼロ。それでも入社後、25歳で台湾へ赴任し、現在は台湾ダイソーの成長を支える中核メンバーとして活躍しています。
終始ハキハキと、ご自身の考えを迷いなく語る下登さん。その姿からは、自ら考え、行動し、周囲を巻き込みながら結果を生み出す人こそが、グローバルで活躍する人材なのだということを教えられました。
語学にまだ自信はない。でも、いつか海外で働いてみたい – そんな思いを抱くすべての方へ、このインタビューをお届けします。
*インタビュー@オンライン
台湾ダイソーを支える私の仕事
私は辛い食べものが好きなので、台湾の食文化は自分に合っています。人や社会、文化が日本に近く、治安が良いです。電車を利用する際に乗降者が秩序を守り、降車する方が全員降りてから乗車する様子が見られるなど、秩序が保たれている印象がありますね。日本と距離的にも文化的にも近い部分が多く、今ではすっかり慣れました。
そんな台湾にある”台灣大創百貨股份有限公司”(以下”台湾ダイソー”)に、中国語がほぼゼロのレベルで着任し、今年(2026年)9月で2年5か月になります。私自身、特に日本本部からの指示を受けることなく「台湾ダイソーの売上向上につながることなら何にでも関わる」という姿勢で仕事をしています。
中でも関わりが深いのは、開発部・商品部・運営部の3部署です。
開発部では、新規出店や閉店、店舗物件の契約更新に携わります。台湾ダイソーは大創産業の子会社のため、出店や閉店には本社の承認が必要で、物件資料を作成し、会議で承認を得て進めます。
商品部では、日本の商品をできるだけ台湾でも販売できるよう、台湾側の規制突破に向けて日本本部の各部署と台湾大創をつなぎながら、取扱商品を増やしています。
運営部では、日本のルールを基本としながら、台湾の実情に合わせた店舗運営を行い、お客さまに向けて商品を販売します。運営のクオリティを向上させながらも、人件費の削減、在庫ロス率(売れ残りや廃棄などで発生する損失)の改善、職場環境の改善など様々な取り組みを、現地社員と協力して実施しています。
私は特定の部署には所属せず、直属の部下もいません。日本での役職は係長ですが、台湾では現地子会社の社長の直下という立場で、開発・商品・運営をはじめ各部署と連携しながら、会社全体を横断的にサポートしています。台湾にはDAISO、Standard Products、THREEPPYといった全ての業態が進出しており、私が異動した当時、全ブランド合計店舗数は92店舗。今では117店舗まで増えました。つまり25店舗増えたということです。さらに3ブランドが同じ店舗に入った複合店舗は、異動当時は2店舗でしたが、現在は6店舗まで増えており、台湾の各エリアを代表する店舗として売上に大きく貢献しています。
台湾ダイソーは2023年から3年連続で、売上実績について社長賞もいただいています。その一員として業務に携わっている期間に、このような名誉な賞をいただけて、とても嬉しく思います。
子どもの頃の夢を実現できる場所を求めて
私は2021年に入社し、現在6年目です。就職活動では「ものづくりに関わる会社で働くこと」「家族や友人が日常的に使う身近な商品に携わること」「若いうちから裁量を持って働ける風通しの良い会社であること」の3つを軸にしていました。
子どもの頃は”ショートケーキ味のポテトチップス”のような面白い商品を開発し、それらがスーパーに並ぶ光景を見るのが夢でした。ダイソーなら文系出身の自分でも、その夢に近いことを実現できるのではと思ったのです。
2021年当時はコロナ禍のため、様々な企業で初めてオンライン面接が取り入れられました。その中でもダイソーは他社と比べて、選考が順調かつ迅速に進んでいたので、初めての事態にも柔軟に対応できる会社だと感じました。その観点から「大企業でありながらも風通しが良く、きっと若いうちから挑戦を任せてもらえる会社だろう」と感じ、入社を決めました。
大阪から台湾へ – 入社3年目で始まった海外キャリア
もし今の職場を一つの部署と数えるなら、私のこれまでのキャリアの中で、台湾ダイソーが一番長く所属している部署になりました。
大創産業に入社後、私は地元・大阪の店舗で1年間勤務しました。その後、当時立ち上がったばかりのブランド”Standard Products”運営課に異動し、半年間は西日本の出店作業に、各地に出張しながら従事。その後半年間は大阪のStandard Products2店舗の責任者として勤務しました。
そして入社3年目に東京本部へ異動し、海外運営部へ配属されることになります。この異動は会社からの要請でした。海外運営部への希望は出していませんでしたが、海外に興味があることは伝えていたので、それがきっかけになったのだと思います。
海外運営部は、日本を除く25ヵ国・地域で展開するダイソーの店舗運営を支援する部署です。現地法人やパートナー企業と連携し、店舗運営、商品供給、出店計画など、海外事業全般に携わります。私が在籍していた当時は、主に日本国外の子会社の店舗運営支援を行っていました。
ダイソーはアメリカ、カナダ、シンガポール、タイ、台湾、ブラジルの6ヵ国に子会社があり、それぞれが現地で店舗を運営しています。2024年頃、一部の海外運営部社員が一斉に現地子会社へ出向となりました。現在、東京本部の海外運営部社員は海外代理店、つまりダイソーと契約を結ぶパートナー企業と連携しながら、海外事業全般を支援する体制へと変わっています。
私は当時その部署で、タイおよび台湾の現地子会社との窓口となり、店舗運営に関する調整や本社との連携を担当していました。タイには2023年の夏頃に約1ヶ月間出張し、店舗立ち上げの応援をしたり、普段オンラインでは話しにくい内容について現地スタッフと対面で打ち合わせを実施。一方、台湾へは実際に出張したことは無かったものの、日本本部決定事項の共有、規制商品や出店に関わる打合せなど、常に密に連絡を取っていました。
そして約1年後、自ら台湾へ赴任することになりました。 厳密に言えば、子会社の人員体制が全体的に入れ替わるタイミングでの出向です。私が台湾に出向する前にも、現在の私のような出向者はいました。その方と交代するような感じで、私が出向になったのです。
思いを伝えて 未来が動き出した
ダイソー本社への入社面接では、海外勤務の話は特に出ませんでした。しかし入社後、私は「海外勤務に興味があります」と会社に伝えました。子どもの頃からレディー・ガガの大ファンで「いつか海外に住んだり、海外に関わる仕事がしたい」と思っていたからです。中でもワーキングホリデー先として印象が強かったオーストラリア、カナダ、ニュージーランドなどが私にとっての”海外”でした。
TOEICなどの資格は持っていませんでしたが、高校や大学の受験では英語を一生懸命勉強し、センター試験では満点を取ったほど。ただ会話は旅行で困らない程度しか出来ず、自分より英語ができる人はたくさんいると思い、面接でアピールするレベルではないと考えていました。当時の私にとって”海外で働く人”は英語ができて当たり前というイメージだったし、海外駐在は勤続年数が長い、最低でも10年以上在籍している人でなければなれないと思っていました。
大学時代の4年間や、大創産業に入社後の3年間は英語をほとんど使わない生活だったため、英語力も落ちていました。タイに出張した際、つたない英語でコミュニケーションを取りました。ただ基本的に英語を話さないといけない業務については、ネイティブレベルで英語を話せる人が同じ部署にいたので、私が英語を使う場面はほとんどありませんでした。
それにもかかわらず、私は会社から台湾赴任を打診されたのです。驚きはしましたが「何とかなるだろう」と思いました。中国語は全く話せませんでしたが、AIの翻訳機能やスマートフォンがあれば十分だと考えていましたし、もともと海外で働いてみたい気持ちもありました。台湾は私の実家のある大阪から飛行機で約2時間半と近く「合わなければ帰ればいい」と思っていました。しかも台湾には、高校の修学旅行で行ったことがあったので、初めての海外勤務という不安も少なかったのです。
当時25歳の私は「今なら海外を経験しても20代のうちに帰国できる」と思い、このチャンスを逃したくなかった。上司も「こんな若いうちに海外赴任できる機会は、他社ではなかなかないよ」と私の背中を押し、家族や周囲の人たちも「頑張ってこい」と応援してくれました。もはや「断る理由がない」という気持ちの方が大きくなり、そのまま赴任を決めました。

台湾への赴任直後の下登さん(写真右から3人目)
2024年4月 ※写真提供:下登瑞穂さん
台湾での働きやすさは想像以上
台湾への赴任前から東京本部で1年間、現地の一部のスタッフとはオンラインでやり取りをしていたので、人柄や仕事への真面目さはある程度分かっていました。実際に赴任してみると、関わりがなかった他のスタッフも仕事に対して真面目な方が多く、日本人にとても近い印象を受けました。これは台湾だからこその魅力だと思います。しかも職場での孤独感なども無かったことから、仕事も生活もスムーズに始められ、困ったことはほとんどありませんでした。
一方、中国語は一言も話せない状態で赴任しました。最初はAIや簡単な英語を使ってやり取りしていましたが、社内の各部署には通訳もいるため、仕事面で大きな支障はありませんでした。語学力はもちろん大切ですが、赴任前から完璧に話せるようになる必要はないと感じています。
さらに、台湾ダイソーは20年以上の歴史があり、日本企業としての知名度も高いため、スタッフには日本に興味を持っている人が多くいます。台湾には、その歴史から日本語コースや日本語学科を持つ高校・大学が多く、日本語を学べる環境が整っていることから、日本語が話せる人材も少なくありません。
私の勤務するオフィスでは、現地スタッフ約50人中5人ほどが日本語を流暢に話します。一見少なく感じられるかもしれませんが、各部署に1人はいる計算なので、仕事を進める上では十分な体制だと思っています。

台湾の会社では従業員同士の親睦を深めるために行われるという運動会。その風習に倣い、台湾ダイソーでも全社を挙げて開催。
2025年10月 ※写真提供:下登瑞穂さん
会社の後押しを力に 語学力ゼロからの挑戦
一方、会社は私の台湾赴任後、中国語学習を費用面でサポートしてくれました。それを活用させていただいて、最初の3か月は週1回、中国語学校で勉強。その後はYouTubeや、ChatGPTおよびGeminiといったAIを活用しながら独学で勉強を続けました。
この場をお借りして、AIを使った私の勉強法を公開させていただきますね。
まず語彙や文法を学びたい時は、ChatGPTのチャットモードで「◯◯という表現を、口語でナチュラルなパターンと、仕事で使える丁寧なパターン、それらをピンイン(拼音:日本語の読みがなのようなもの)付きで教えて」と依頼します。
また会話力や作文力を伸ばしたいときは、GeminiにあるLIVE機能でAIとおしゃべりします。「私が中国語で簡単な話をするから、それに対してゆっくり会話して」と指示すると、AIが流暢な中国語で話し出し、画面に中国語字幕まで表示してくれます。
さらにここからがすごく画期的で「今話した内容から、中級レベルの単語と例文をピックアップして表にして。さらに短い例文も作って」と指示すると、”Canvasモード”という機能で単語・例文表が自動的に作成されるのです。別途Geminiに指示して音声読み上げ機能を作り、すでに作られた例文などを読ませると、立派な音声データまで作れます。音声読み上げの速度を変えられる機能を付けることもできるし、ありきたりな教科書の例文ではなく、自分の話した内容がそのまま学習ツールになるので、自分の頭に入ってきやすい学習方法だと思います。
これらの甲斐あって、赴任から半年ほど経った頃には、日常会話や旅行会話程度なら中国語で対応できるようになりました。その後も独学を続けています。中国語は発音が最大の壁と言われていますが、それよりも私は語順の方が苦手。でも学習で特に困ったことはありません。
ただ何も意識せず言語を聞き流しているだけでは、一生話せるようにはならないと思っています。先生からも「自分が発音できる単語は聞き取れるようになる」と教わりました。そのため、自分で発音できる言葉を少しずつ増やすことを意識して生活してきました。その結果、今ではリスニングならネイティブの人たちと同じくらいできる自信があります。

日本のシステムを導入するためのミーティングを、下登さん(写真右側)を中心に実施中。オンライン含め4部署から30名が参加。
2026年9月 ※写真提供:下登瑞穂さん
言葉より高い壁 – 仕事観を伝えること
ただ言葉が通じても、考え方や価値観までは簡単には伝わりません。
特に難しいのが、日本企業独自の”KAIZEN(改善)”の考え方です。日本の店舗では、バックヤードから売り場まで何歩歩くか、商品を棚から下ろすのに何秒かかるかまで測定し、生産性向上につなげています。弊社は毎年、改善のモデル店舗を選定して、改善作業を継続的に実施しており、日本本部主催で毎年行われる改善会議でも、私は海外代表としてよく発表させていただいています。その立場にある者として、改善の考え方を台湾で伝えようとすると「それを調べる時間の方がもったいない」と受け止められることもあります。日本人は突き詰めて考え、細かな改善を積み重ねる傾向がありますが、そのような仕事の取り組みへの考え方を共有することは、海外では言葉以上に難しいと感じています。
それでも実際は、台湾ダイソーが海外子会社の中で一番”日本本部が考える改善”に近い考え方で活動できていると、私は思います。現地スタッフの反応は、改善について100%の理解まではまだ時間がかかりそうですが、かつてベテランスタッフと新人スタッフで差があった作業効率が、改善を通して解消されていくのを実感し、その効果を感じている方が多いです。
一方で、台湾の働き方には学ぶべき点も多くあります。仕事とプライベートの切り替えが非常にはっきりしていて、1時間の昼休みは食事と昼寝でしっかり休み、休憩中の電話は上司でも取引先でも無理に応じないという印象です。また定時になるとすぐ帰宅しますし、それを悪く思う空気もありません。
私は、このメリハリのある働き方がとても魅力的だと思っています。日本では「上司が残っているから帰りづらい」という雰囲気がありますが、台湾では仕事と私生活をきちんと分け、ワークライフバランスを大切にしている。その文化は見習うべき点が多いと感じています。
また台湾では、ダイソーのお客様に限らず消費者の方々は全体的に、日本と比べて新しいものが大好きです。新しくオープンするお店がどんなに並んでいようと台湾の方々はその列に加わります(笑)どれだけレジが混んでいても、人気商品で欠品が多くても、それらに対する不満より「新しい店!楽しい!」というポジティブな感想を持たれる印象が強いですね。
異なる文化の間に立つリーダーの心得
海外でリーダーとして働く上で、語学力以上に大切だと思うことがあります。
一つは、予想外の出来事を受け入れる柔軟さです。日本では「前と言っていることが違う」と感じる場面でも、海外では「状況が変わったから」で終わることが少なくありません。そうした文化の違いを受け止め、引きずらない姿勢が大切だと思います。
もう一つは、状況を整理して判断する力です。担当者に同じ内容を改めて説明してもらうと、最初とは違う話になることもあります。そのため、一人の話だけで判断せず、複数の人から情報を集め、自分の中で整理した上で結論を出すようにしています。
そして、日本本部と台湾子会社をつなぐ立場として、判断の速さと「責任は私が取ります」と言える覚悟も欠かせません。語学力だけでなく、こうした姿勢こそが海外でリーダーとして働く上で重要だと感じています。
台湾で磨かれた 相手を動かす伝え方
私は日本と台湾の橋渡し役として、本社の方針を現地で実現する役割を担っています。ただ、「本社が決めたことだから従ってください」では現地のスタッフは納得しません。そのため、双方の考えを理解した上で調整し、最終的には「売上につながるかどうか」を判断基準にしています。例えば新規出店では、本社の基準を満たさない物件でも、現地が「この機会を逃したら二度と出店できない」と判断した場合は、その考えを本社に伝え、理解を得られるよう働きかけます。日本と台湾、双方にとって最善の結果を導くことが、私の役割だと考えています。
お互いにとって納得のいく方法で業務を進めることをサポートするのは、私にとって全然苦ではありません。納得いかなくても「わかりました」と言えば、表向きには業務が進むかもしれません。でも、いわば見せかけのような形で業務が進むほうが、誰にとってもメリットが無いので一番避けたいと思っています。
また、台湾に来てから最も変わったのは、指示の出し方と意見の伝え方です。私は相手が迷わないよう、できるだけ具体的な指示を出すようになりました。また以前は「私はこう思います」で終わることが多かったのですが、今は「こう思うから、こうしてほしい」「こう思うから、この方法は良くない」と、自分の考えに加えて要望や判断も明確に伝えることを常に意識しています。

台湾ダイソーで表彰されたスタッフの皆さん。
2025年9月 ※写真提供:下登瑞穂さん
国境を越えて人を動かすのは 仕事への真剣な姿勢
語学力よりも大切なのは、会社が掲げる目標に向かって真剣に仕事に取り組むことだと思います。
私は、無理に他のスタッフたちと仲良くなろうとする必要はないと考えています。台湾のスタッフがやりたいことも進め、日本本部がやりたいことも実現しながら、会社の予算内で目標達成に向けて一生懸命取り組んでいれば、コミュニケーションは自然と生まれるものです。
目標に向かって本気で働く人には、周囲も自然と協力してくれますし、信頼も後からついてきます。もちろんコミュニケーション能力が高いに越したことはありませんが、仕事に必要な意思疎通ができれば十分ではないでしょうか。
挑戦すること自体にも、私にはあまり恐怖心がありません。初めてのことに対しても「ダメだったら帰ればいい」「うまくいかなかったらやめればいい」と割り切って考えるタイプです。そういう意味では、海外で働くことに向いている性格なのかもしれませんね。
海外経験が広げた 新たなキャリアの可能性
私のキャリアプランを考え「30歳までは海外で働けるだろう」という思いで台湾に来ました。一方で、もともとは3年間の赴任と聞いて来ているので、そのとおりになれば今年が台湾での最後の年になります。そのつもりで、一日一日を大切に仕事に向き合っています。
会社には自分の希望を伝えられる環境があり、実際に本社の人事部長が台湾に来た時に聞かれたのです。「下登は日本に戻りたいのか、それとも別の海外に行きたいのか?」と。
私は答えました。「特に希望はありません。ただ、台湾に来たことで”中国語を使ったキャリアプラン”に変更になりました」。例えば中国語を使う機会がありそうなバイヤーへの就任や、中国語を使用する地域がある国への出向などというように、中国語を活用できるキャリアが新たに選択肢として加わったのです。
海外で長く働く上で、最も高いハードルは文化よりも言語だと思います。台湾赴任してから1年前後は「短期間でここまで中国語が話せるようになってすごい!」と本社の方々から評価をいただきました。しかしそれから1年3ヶ月が経った今、もしかしたら「それだけ台湾にいても、その程度なの?」と思う人もいるかもしれません。まして今後3年、4年、5年経っても今のレベルのままでは、マイナス評価を下される懸念もあります。
つまり、語学力は自分の強みになる一方、努力を怠れば弱みにもなる。これからのキャリアでは、中国語をさらに伸ばしていくことが重要だと考えています。
これからも中国語を活かした人生を送りたいと思っています。せっかく頑張って身につけたものですから、無駄にしたくはありません。このスキルをさらに磨き、自分の武器として活かしていきたいと思います。
完璧な準備より まずは一歩を踏み出そう
海外勤務は、住む場所が変わるだけで、仕事や生活の基本は大きく変わりません。もちろん不安はあると思いますが、必要以上に怖れる必要はないと思っています。
興味があるなら、まずは海外に行ってみる。もし肌に合わなかったり、環境にどうしても馴染めず心が壊れそうになったら、その時は日本に帰ってくれば良いだけです。でも、経験する前から挑戦を諦めてしまうのは、とてももったいないことだと思います。
海外への挑戦に向けて、特別な準備は必要ないと思いますが、会社員であれば「海外で働きたい」という意思を積極的に会社へ伝えること、そして自分なりのキャリアプランを持っておくことが大切です。例えば「何年後には日本へ戻る」「その後は結婚や子育てをしたい」といった大まかな人生設計があると、判断もしやすくなります。

台北オフィス全部署のスタッフさんが下登さんの誕生日を祝福!
2026年1月 ※写真提供:下登瑞穂さん
私は中国語も話せない状態で台湾へ来ました。それでも会社が挑戦の機会をくださり、多くの方々が支えてくださったおかげで、今では海外で仕事を楽しめています。そんな私が言えるのは「語学力について必要以上に心配しなくても大丈夫」ということ。海外に挑戦したい人には、準備を完璧にするよりも、まずは一歩踏み出していただけたらと思います!
下登さん関連リンク
DAISO(ダイソー)公式企業サイト:www.daiso-sangyo.co.jp/
大創大百科(ダイソー採用情報):daiso-recruit.com/encyclopedia/
