【日本のおもてなしを世界へ】徳丸佳世さん(オーストラリア)
インタビュー&構成:徳橋功
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Kayo Tokumaru
起業家

目の前の人を幸せにすることで、自分も幸せを感じる。その輪が広がって、やがて世界が美しくなる – これが私の理想です。
ある日、私たちは一通のメールをいただきました。
「私は現在、子ども2人とオーストラリアで生活しながら、日本の”おもてなし”の考え方を豪州企業の顧客体験向上に生かす研修事業の立ち上げに取り組んでいます」
そう綴られていたのは、シドニー近郊にお住まいの日本人女性。私たちが以前ご紹介したロンドン在住の起業家・鎌田薫さんの記事にインスパイアされて、ご連絡をいただきました。
さらにメールによれば、その方は現地の女性起業家支援プログラムに参加して事業を作り上げ、栄えある賞まで受賞したそう。
ありがちな「オーストラリアから日本が学ぶ」ではなく、日本のおもてなしをオーストラリアへ伝え、現地の接客レベルを上げようとしていること、そしてその思いが現地で受け入れられたことに、私たちは強く関心を抱きました。
こうして私たちはその女性、徳丸佳世さんにインタビューを打診。国を越えたオンラインインタビューで、徳丸さんはこれまでの歩みを丁寧にお話してくれました。
日本で培われた価値で世界に貢献する、徳丸さんの挑戦をお届けします。
*インタビュー@オンライン
おもてなしをOMOTENASHIへ
今私が住んでいるのは、シドニーから北へ約100キロに位置するニューカッスルという街です。私はここで、日本で立ち上げた私の会社をリモートで運営しながら、あるチャレンジをしています。”日本のおもてなしを世界に伝える”という事業の構築です。
最初は自分だけで立ち上げ、営業をしていましたが、縁あって地元の大学が運営する女性起業家育成プログラムに出会い、コーチやメンターの支援のもと、約2ヶ月半にわたり事業をブラッシュアップしました。
おもてなしに貫かれた日本のサービスに触れて感動するオーストラリア人は、実際にたくさんいます。一方で、彼らが接客について体系的に学ぶ機会が少ないため、例えば飛行機の機内で乗客から「ワインをください」と注文を受けたCA(キャビンアテンダント)さんは「ギャレー(※機内食の温めやドリンクの準備、配膳・片付けを行うスペース)にご自身で行って取ってきてください」と返してしまう(笑)不満に思っても「飛行機内の接客なんてそんなものだから仕方ない」と諦める人が少なくありません。
このような光景を見て、私は思いました。「日本のおもてなしを伝えることで、オーストラリアのサービスを、現地の人たちが真に満足できるレベルに持っていけるのではないか」- それがこの事業のタネになりました。
日本のおもてなしは”KAIZEN”(改善)や”IKIGAI”(生き甲斐)と同じように、OMOTENASHIとして海外にも広める価値のある、素晴らしい文化です。私は今まで、公私にわたりおもてなしを大切にしてきました。自分と縁があった方々には幸せになってほしいし、自分自身が海外で助けてもらった経験があるからこそ、今度は自分が誰かを助けたい – そんな思いを、今日までずっと持ち続けてきました。
異国で受けた無償の愛
私が社会人として最初に就いた仕事は、先ほど例に挙げたCAです。その原点は、小学生時代にさかのぼります。
私が通っていた小学校では、親御さんの海外赴任などで一緒に日本に来た子どもたちが同じクラスにいました。その子たちとのやり取りを通じて海外に興味を持ち、やがて「英語が話せたら、世界中の人たちとコミュニケーションが取れるのでは?」と考えるようになりました。やがて私は、いろんな国々に行けるCAに憧れるように。
親の方針でガールスカウトに参加していたことから、私は中学生の頃、その発祥地であるイギリスに短期留学へ。その後高校1年生の時には、姉妹都市間の交換留学生に選ばれ、オーストラリアのシドニー近郊へ1年間留学しました。学費は一切かからず、滞在先でもホストファミリーが全て無償で、お部屋やお食事を提供してくれました。
「こんなに親切にしてくれる人たちがいるんだ」と感動し、同じように無償の愛を注いでくれる両親に感謝。「ご家族からいただいた親切を、今度は自分が誰かに返したい」と思うようになったのです。
期待に応え 期待を超えよ
大学を卒業後、念願のCAとしてJAL(日本航空)に入社しました。ここで私は、想像を超える厳しい研修へ。接客のプロフェッショナルとしての姿勢や、お客様を思いやる”おもてなしの精神”を徹底的に叩き込まれました。いわば「どうすれば目の前のお客様に喜んでいただけるか」を常に考える心です。会社で私は「接客とは、お客様の期待を超えることだ」と教えられました。
例えば機内で赤ちゃんが大泣きしているとき、親御さんに気づかれないように周りに座られていたお客様の席を調整したり、席のご移動を希望しないお客様には耳栓をお渡ししたり。ただ状況を放置するのではなく「大変な思いをされていることは分かっています。ご辛抱いただきありがとうございます」と、感謝しながらさりげなく気遣う。そうした小さな心配りも、期待を超えるサービスの一つです。
お客様の期待に応え、さらにその期待を超えるサービスを提供するという考え方は、JALを離れた後も、また公私にわたり人間関係を築く上でも大切な価値観として、私の中に残り続けました。

CA時代の徳丸さん(写真中央)
※写真提供:徳丸佳世さん
ロールモデルの背中を追う日々
少し時間が前後しますが、大学では外国語を専攻しながら、経済学も積極的に学んでいました。卒業論文ではIBMを題材に、アメリカ式の経営や人事、日本企業との違いなどを研究。そのため金融機関にも興味がありました。中でも当時、日本市場での事業拡大を進めていたイギリス系金融機関”HSBC”に魅力を感じ、その成長の一翼を担いたいという思いを持って入行しました。
HSBCでの私のキャリアは窓口業務から始まりました。私が配属された支店の支店長は女性で、しかもホテル出身。同じホスピタリティ業界出身で、しかも女性で支店長になった – 私はロールモデルを見つけたような思いになり、支店長に「裏方の業務も学ばせてください」と願い出ました。すると送金や入出金、決済、口座関連など法令に沿った手続きの確認といったバックオフィスの仕事も任せていただくようになったのです。
やがて英語が堪能な人材を必要としたコールセンター部門に異動。その間に社内公募で法人営業部のアシスタントに挑戦し、配属されました。営業チームのアシストから始まり、次第に私自身もクライアントを持つように。その後、貿易取引を円滑にするための保証を行うトレードファイナンス部門に移り、最終的にはトレードファイナンス・スペシャリストというタイトルまでいただきました。
育児しながら仕事をする最善の方法は?
この間に結婚し、私たち夫婦は2人の子どもを授かりました。1人目の出産後は育児休業を取り、その後職場復帰するも、2人目の出産後は復帰が難しいと感じました。
仮に時短勤務をさせてもらえるとしても、退勤後は他の社員がその人の残務を片づけなければならない – そのような状況を必要以上に背負い込んだことで、身体的な負担に加え、精神的にも過度な責任を感じるように。その結果、働き続けることに限界を感じるようになりました。
外資系と言えど、ここは日本。上司に相談しても、理解を示してくれるか不安でした。一方で夫も忙しかったため、家事や育児を分担することも難しい状況。結局私は、9年間の勤務後、HSBCを退職しました。
育児のための退職。ただそれまでずっと仕事をしてきたので、社会から置いていかれるような感覚に陥りました。やはり私は仕事がしたい。でも果たして、育児しながら働ける環境を新たに見つけられるのか・・・
私は考えました。「再就職ではなく、自分が働きやすい環境を作ろう」。
答えは”起業”
私は自分の経験やスキルを整理しました。働いていたHSBCでは、外資系ということもあり、コロナ前からリモート勤務が普通。その環境で、私は英語を使って仕事をしてきました。
私は、日本に引っ越してきた外国人の方や、日本で起業している外国人の方を、自宅にいながらリモートで支援する事業を考えました。しかも支援するのは、私と同じように英語が話せて事務経験のある、子育て中のママたちです。
高校生の頃にオーストラリアで多くの人に助けてもらった、その恩送りをする時が遂にやってきた – こうして私は2020年1月、日本で起業する外国人の方などを対象に、英語を使ったバックオフィス業務をオンラインでサポートする”ANDASSIST”(アンドアシスト)を立ち上げました。
お客様は口コミや、ネットワーキングイベントでの交流を通じて少しずつ増えていきました。日本に法人を立ち上げた海外企業のバックオフィスを支援したり、ある時は日本語が話せない外国人記者に代わって取材先へのアポイントを取ったことも。
これらの仕事は、子育て中のママたちが空いた時間に、家に居ながらにしてできます。9時から5時までパソコンの前にいる必要はなく、24時間以内を目安に成果物を納品すれば良い。だから子育て中のママにとって働きやすい環境になっています。
育児は精神的な負担が大きい上、事業が苦しい局面に遭っても母親として、子どもたちにとって良い大人でいなければならない。だからこそ、無理をせず安全な道を選びながら、一歩一歩、亀の歩みでも成長していけばいい – そう考え、地道に事業に取り組んでいきました。
2度目の渡豪は子どもと一緒
一方で私は、リモートで自由に働くママたちが集まるアンドアシストの代表として、私自身も海外で、完全リモートで働くことに挑戦したいという思いがありました。いわば”海外進出”です。コロナ禍で封じ込められていたその願いを実現するチャンスが、国境の開放とともに、いよいよ巡ってきました。
この私の意欲に理解を示してくれた主人に感謝しながら、私は子どもたちと一緒に、2024年8月にオーストラリアへと旅立ちました。
ちょうど友人が、ご自宅の広いバックヤードに建てた小さなアパートの入居者を探していました。内見させてもらった私は「ここなら子どもたちと住める」と思い、オーストラリアでの新生活を開始。クライアントが多くいるこの地で、私は日本とリモートでつながりながら、仕事を続けました。

お子さんたちとクリスマスを楽しむ
※写真提供:徳丸佳世さん
おもてなしを世界へ – 新たに生まれた夢
オーストラリアでは今、円安であることも手伝って、日本に旅行に来る人がとても多いです。その人たちは口を揃えて「日本のサービスって本当に丁寧で、行き届いているよね」と言います。一方で最初にお話したように、彼らは自国のサービスに決して満足していないことも分かりました。
そこで私は、航空会社で教え込まれた日本のおもてなしをベースに、オーストラリアのホテルやレストランなどのサービスを評価したり、トレーニングを通じてレベルアップさせるという事業を考えました。
その可能性を感じてワクワクしながら企画書を作り、接客サービスを提供している地元企業に企画書を提出。民間だけでなく、窓口業務の接客レベルの向上を目指していたニューサウスウェールズ州政府にも提案しました。
様々なネットワーキングにも参加してこの事業をいろんな人たちに伝えるうち、その1人から、ある女性向け起業家育成プログラムを紹介されたのです。
それは私たちが住むニューサウスウェールズ州の女性起業家を対象とした”FLIP”という10週間のプログラム。参加を勧められた私は、促されるままに応募しました。
企業や州政府などに積極的に売り込んでいることが評価されたのか、私の事業案は約10倍という狭き門を通過したのです。私は「おもてなしを世界に広げたい」という漠然とした夢を、事業として形にする第一歩を踏み出しました。
二人三脚で夢を現実に
まず私は「そもそもこの事業にニーズがあるのか?」という問いを立てることから開始。その検証のために地域のホテルや飲食店、小売・サービス事業者など30件以上に顧客ヒアリングを行いました。
他にも事業拡大に向けて自分の持つネットワークを洗い出し、その活用方法について考えたり、資金調達の方法を学んだり・・・コーチやメンターと二人三脚で「おもてなしを世界に広げたい」という自分の思いを、具体的なビジネスへと落とし込んでいきました。
不安に襲われそうになった時も「あなたならできるから、頑張りなさい」と、まるで子育てをするような感じでサポートしてくれた。だからこそ、一人では精神的にできないような大きな挑戦に取り組むことができました。
「OMOTENASHIはオーストラリアに必要だ」
そして迎えた今年(2026年)8月13日、事業発表会。全16組の中からプレゼンターとして選ばれた、わずか6組の起業家の一人として登壇した私は、ホテルや飲食店などの顧客体験を高める接客研修事業”Customer Experience Design”を、約200名からの熱い視線を感じながらも、皆さんに私の意図が伝わるように、誠心誠意、心を込めて伝えました。

「今日はあなたの誕生日。そんな大切な日に、もしあなたがレストランでぞんざいに扱われたら・・・?」という問いから始まった徳丸さんのプレゼンテーション。
※資料提供:徳丸佳世さん
一通りピッチが終わり、表彰式。私が「おめでとう~!」と他の受賞者に拍手をしていたら、いきなり”Kayo Tokumaru!”とアナウンスが・・・

受賞の瞬間!
※写真提供:徳丸佳世さん
驚きました。参加者の中で日本人は私だけ、しかもオーストラリアに来てまだ2年。「まさか私が!?」と思ったし、褒められることがほとんど無い会社経営者として、しかも海外で評価されて、超感無量でした。
大学のプログラムに参加している間は、事業づくりに集中し、アンドアシストの仕事は全て日本にいるチームに任せることに。でも今回、”College of Human and Social Futures Award”という大変立派な賞と賞金3,000豪ドルという、目に見える形で成果が出て、何とかチームに示しがついたと思います。同時に、私の分まで仕事をし、会社を支えてくれたチームに心から感謝しました。
何よりも嬉しかったのは「おもてなしを世界に広げたい」という自分の夢を認めてもらえたことです。受賞時には大学から「ニューカッスル市の社会性を高めるうえで、おもてなしは大切だ」とお言葉をいただき、泣きそうになりました。おもてなしを一方的に押しつけるのではなく、オーストラリアの人たちにも「おもてなしって大事だよね」と認めてもらえた。それが本当に嬉しかったのです。
リッツカールトン、ディズニーランド、私!
日本だけでなく世界にも、お客様に対して行き届いたサービスを提供する企業があります。リッツカールトンやディズニーランドがその代表ですが、お客様とつながりを持ちたいと思う会社さんは、それらの企業をお手本にされるのも良いと思います。でもいつか「私にご連絡ください!」と堂々と言えるようになりたいですね。
先ほど、オーストラリアのサービスへの人々の不満についてお話ししました。でもオーストラリアの人たちは、とっても優しい。彼らに日本のおもてなしを押しつけるのではなく、日本の考え方を伝えながら、オーストラリアの素晴らしい国民性と融合させれば、よりお客様に寄り添った接客が生まれるはずです。
おもてなしを生んだ日本にも、課題が無いとは言えません。例えば観光地などで、単に外国語に翻訳しただけの飲食店のメニューや、温泉の入り方について書かれた看板を見かけることがあります。日本の素晴らしいおもてなしが海外の人たちに十分に伝わらないのは、とてももったいないこと。それらの背景まで説明して、きちんと理解してもらえるようにすれば、初めて日本に来た人たちにもっと日本文化を楽しんでいただけると思います。
私が考える”おもてなし”は、目の前の人を幸せにし、自分も幸せを感じること。もっと言えば”お客様のために最善を尽くしたいと心から思い、それ自体を楽しみ、幸せを感じる”ということに他なりません。それが結果として売上の向上や社会の豊かさにつながっていき、世界が美しくなる – これが私の理想です。
私のトレーニングを通過することで、もともと皆さんがお持ちの優しさやユーモア、素晴らしい技術や才能が、よりプロフェッショナルな形でお客様に届くようにする。そんな仕組みを世界に広げていきたいですね。

※写真提供:徳丸佳世さん
徳丸さんにとって、オーストラリアって何ですか?
第2のホームです。
10代の頃から縁が続いてきた場所に、大人になって、母になって、子どもたちを連れて帰ってきたような感じですね。
高校生の頃、何も知らない私に無償の愛を与えてくれたホストファミリーとは、これまでずっと家族のような関係が続いてきました。私の結婚式の時には、何と日本まで来てくれたのです。子どもたちが生まれた後に彼らを訪れた時も、イースターエッグハントで楽しませてくれました。しかもFLIPでのピッチの前夜に偶然にも電話がかかってきて、私を励ましてくれて、受賞の報告には心から喜んでくれて・・・本当の親のようです。
私たちは来年の年明けに、日本に帰ります。でも愛するホストファミリーや、オーストラリアとのつながりは、この先もずっと続いていくと思います。
徳丸さん関連リンク
ANDASSIST:andassist.jp/
Customer Experience Design:japanesehospitality.com/
プレスリリース「元JAL客室乗務員の日本人女性起業家、豪州で顧客体験を高める接客研修を開始」(2026年9月17日):こちら
