山口絵理子さん&マザーハウス Part2

インタビュー:徳橋功・山浦日紗子
構成:徳橋功
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Eriko Yamaguchi
バッグデザイナー/CEO

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起業したら普通の生活の数倍楽しいことがあって、でも辛いときは数倍辛くって・・・だから本当に人生が楽しくなりますよ。

バッグブランド「マザーハウス」を経営する若き実業家、山口絵理子さんとのインタビュー。第2部は、現在のマザーハウス、そしてこれからのマザーハウスの目指す道についてお送りします。

*第1部はこちらから→クリック!

 

*山口絵理子さん
1981年埼玉県生まれ。小学生時代に壮絶なイジメを経験する。中学時代に柔道を始め、高校では県下有数の男子柔道部に唯一の女子部員として在籍。全日本で7位の成績を修める。政治家の道を志し、柔道部引退後3ヶ月間の猛勉強の末、慶応義塾大学総合政策学部に合格。大学時代に米州開発銀行でインターンを経験し、それをきっかけに「途上国の現状を自分の目で見てみたい」と思い、バングラデシュへ。その後、バングラデシュのBRAC大学院に、外国人唯一の学生として入学。その時に出会ったジュートで、「かわいいバッグ」を作ることを決意し、孤軍奮闘の日々を送る。2006年3月に株式会社マザーハウス設立、2007年8月、東京都台東区入谷にマザーハウス直営店第1号店を開店。
現在は戸越(品川区)や代官山にも直営店を置き、また三越など国内有名百貨店でも独自ブランドのバッグ・小物を販売。『情熱大陸』など多くのメディアが熱い視線を送る、今最も注目されている起業家の一人。

 

*インタビュー@マザーハウス入谷店(台東区)
*インタビュー:徳橋功・Hisa
*第3回ロハスデザイン大賞2008ヒト部門大賞受賞!詳しくはこちら
*『情熱大陸』ホームページによる山口さんのプロフィール:こちら
*山口さんの著書『裸でも生きるー25歳女性起業家の号泣戦記ー』(講談社)のご紹介:こちら

*英語版はこちらから!

 

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Part1からの続き)
数々の苦難を乗り越えた経験から、「山口さんは強い人」と思われることも多いとのこと。でも本人は「いたって普通。ロボットじゃないから、たまに弱音を吐くこともある」と言う。それは、山口さんが忙しい中でもほぼ毎日つけているブログにも表れている。

日記を書くのは小学生の頃から続けているんですけど、バングラに行ってからブログを書き始めたんですよね、最初はアメブロ(アメーバブログ)で。それは家族に安否を知らせるために書き始めたんですよね。だけど書いていたら、そのうちお客様がが読んで下さるようになって、結構そこからエネルギーをもらうことも多くなって。だけど皆さんのコメントとか読んでると、自然な文章だから読んで下さる方がたくさんいるな、と思って。自分としてもブログを書く時にカチッとした文章を書いていたら、多分続けられないくらいに文章もそんなに上手くないので。

だから自然体っていうのはいつも意識してて。「自然体」というのは結構キーワードなんですよ、自分の中で。スーツは私、絶対に着ませんし(笑)結構脱力しながらやってるんですよ。でもその分、頑張る時は頑張らないと、と思っているんですけれども。

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「Circle Series」
バングラデシュのサイクロン被災地を自分の目で見、自分の足で歩いた経験から
インスピレーションを得てデザインしたコレクション。

 

山口さんは、社長でありながらも現場でみんなと一緒に汗を流す人。
テレビ番組『情熱大陸』で言っていた。「もっともっと会社を大きくして、一流ブランドになりたい」。でも、会社が大きくなっても、今のスタンスで果たして社長業を続けていけるのだろうか?

そうですね、ほとんどの部分では他の人間に任せることが人の成長につながると思っているので、私が今みたいに全部の製品のデザインをやるっていうのはまずあり得ないし、経営面でも、日本サイドは山崎(マザーハウス副社長)に、100%信頼して任せている部分もあるし。だからこそみんなが成長するんだと思うんですよ。

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右が山崎副社長

だけど経営者として管理側に回ってしまって、果たしてそれでいいのかと言ったら、それはやっぱり違っていて、『情熱大陸』でもあったように、「自分の目で見る」ということが、すごく経営判断にとって重要なんですよね。例えば私がカンボジアに行った時も、あの時はピンと来なかったものがあって、そういうインスピレーションもビジネスをする上ですごく重要で、「あ、この国で何かやりたいな!」っていう・・・説明できないんですけども、モクモクって自分の中から沸き上がってくるものがないと、辛い局面に遭遇した時に挫折してしまうと思います。

だから重要なこと、例えば「次の進出先はどこにする?」っていうことを決める場合は、やっぱり自分の目を信じる。スタッフがそこに行って、帰国して「山口さん、○○はこういう状況でした」っていうのは、ちょっと違うなと思います。

大事なところは自分が見る。それだけです。


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2008 夏色ジュート

 

山口さんはブログで、こんな弱音を吐いたこともあった。マザーハウス直営第1号店開店の約1ヶ月前。
「できない、もうだめだ、って一日に何度も何度も思う。でも私には逃げ場はない。死ぬわけじゃないんだし、ってこれが友達だったら私もそう言ってなぐさめたい。でも死んだらすべてのトラブルも終わってくれるが、自分で解決しないと終わらないのが現実。だから、瀬戸際まで追いやられても、そこで決めて、次の一手のために方向転換しなきゃいけない。あぁ。。。起業なんてもう二度としたくない。」(2007年7月25日)
*全文はこちらで。

そう思う時は多々あるんですけれども、でも本当に心底そう思っているかと言ったら、違うなぁとは思うんですよ。起業して初めて知ったり、初めて感じたり、初めて感動したりしたことが本当に山ほどあって。一番驚いているのは自分自身の潜在能力みたいなものに気づいたことで、本当にここまでやれるなんて思っていなかったし、昔は日本の企業に就職して、普通にOLさんとして頑張れればいいな、くらいにしか思っていなかったし。本当に、あの辛い時を耐えられる、そして一歩踏み出せる、そういうことが出来るんだっていうことが昔はわからなかった。

だけど自分の会社を設立しました、スタッフを抱えましたってなった時、そして本当の夢を見つけたっていう時の人間の力ってすごいんだなぁって、客観的に思うんですよね。起業したら普通の生活の数倍楽しいことがあって、でも辛いときは数倍辛くって・・・だから本当に人生が楽しくなりますよ。でも、起業する前は、そんなことは全然分からなかったです。人生を楽しんでいる「つもり」だったし(笑)

だけど起業1年目は本当に大変でした。一人で生産して、一人で通関を切って、一人でウェブサイトを作って一人で営業に回っていたので、辛かったですね、正直あの時は。

だから人に教えることとか分からなかったし、実際に事業を始めてみて「自分が何十人もいればいいな」と思う瞬間もたくさんあるけど、でもやっぱりいろんな個性があって、それでもみんな一つの目標に向かって走ってる面白さってすごいですよね。
今は、すごく楽しいです。

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山口さんは日本に帰国すると、必ず店頭に立つ。

 

将来のマザーハウス、そして理想のマザーハウス

やっぱり多様性を認め合えるというか・・・マザーハウスって、本当にいろんな人がいるんですよね。バックグラウンドもいろいろで、小売りの経験も全くない人たちばかり。そんな感じでカバンの会社をやっているんですけど、だからこそ面白いアイデアがあり、それを笑い合えたり。

この前のお正月にマザーハウスの年賀状を出しました。そこには地図を載せたんですが、その地図にお店のマークが入っていなかったんですよ(笑)入谷駅とかしか載ってなくて、それを1000枚くらい出したんですよ(爆笑)それを12月末に知って。年賀はがきが一枚残ってて、「あれ、これお店のマークがないじゃん!」って(笑)

それでみんなを招集して、でも夜の10時くらいだったから4名くらいしか集まらなくって。それでまずは入谷の郵便局に電話をして、「もう年賀状は配ってしまいましたか?」と。そしたらもう札幌とかにまで行っちゃっているんですよね。だけど、せめて関東は押さえよう、もう一回回収しよう、と。それで東京23区の郵便局に行ったんですよ、手分けして。それで8割くらい回収したんですよ。それで朝5時にみんなでヘンなラーメンみたいなものを食べて(爆笑)終わったっていう・・・そういう人間ドラマがあって、もう最悪でしたよ(笑)

しかも郵便局って古い体質なので、回収をお願いする時の手紙って、全部手書きなんですよ。手書きで依頼状を書くんですよ。それを200枚、300枚と一人で書いて、死にそうだったんですよ。そういうのを体験できる(笑)

だから今は創業の物語、ドラマってものすごく密度が濃くて・・・だから多分1年後とかにマザーハウスに入ってくる人たちってちょっと違ってくると思うんですけど、今の設立2年目は会社が大きくなるための柱となる人間たちが入ってきているから、そういうバカらしいミスを共有して乗り越えて、というのって本当にバカっぽいけど重要なんですよね。

私が日本に帰ってくるたびに、日本のスタッフの人数の方が増えているんですよね。それで事務所に電話をかけたら私の知らない人が電話を取って、「山口です」って言っても気づいてもらえなくて(笑)そういう状況があると、自分の持っているDNAとかがスタッフに伝播されなくなるのかなって不安にはなりますけど。だから大事なのは情報の共有ですよね。

理想はやっぱり、みんながみんな自分の可能性を100%発揮できる。それは日本国内でもバングラでもそうですね。

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山口さんの目に映る日本、そして山口さんのこれから。

日本では人の顔が、ちょっと元気ないなとは感じますね。アジアとかって貧しくても活気があって、人の目が死んでないんですよね。だけど日本だと、都会の交差点とかで信号を待っている人の目ってすごい疲れてたり・・・そういうのは結構、気にはなります。

でもマザーハウス自体は、日本に帰ってくるたびに組織として形を成しているな、というのは感じます。
私たちは、面白い企業でありたいと思うんですよね。マザーハウスを見て「次は何をやるんだろう?」っていう会社になりたいです。

私自身は、バングラデシュにそれほど長く残るつもりはないんですけれども、ただ日本にいるつもりもなくって(笑)社長としてもっともっと新規開拓するのが自分の適性なんですよね。

社長っていろんな種類があると思うんですけど、一つのことを続ける社長がいたり、新しい種を蒔く社長がいたり、アグレッシブな人もいれば皆をまとめるマネージャー的社長がいたりと、いろいろ社長の在り方があると思うんですけど、私はポットを置いて、そこに種を一つ蒔くというのに向いているな、と思っていて。だからバングラデシュがやっと立ち上がって、そして事業がスムーズに行き出したら、もうバングラデシュは他の人に任せて、私は他の国に・・・。バングラでも出来ることはたくさんあると思うんですけど、ずっと自分が駐在するというのは、社長としてどうかなというのがありますよね。もうちょっとグローバルな視点で。

日本人スタッフにも、バングラデシュに来たいという人がいます。その人は6月に来てくれます。山崎はちょくちょく行ってますけど、今度行く人は、バングラデシュに駐在する可能性があるぐらいの人ですから。デザイナーさんです。服のデザイナーなんですけどね。

同じバッグのデザイナーを探してたんですけど、やっぱりつまらないんですよね、考えが本当にコンサバで。だったら服とか、違う分野のデザイナーさんの方がいいかなと思って。

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途上国に希望の光を灯すことを使命とする山口さん、そしてマザーハウス。山口さんの理想とする世界は、いったいどんなものだろうか?

今自分たちがやっている活動もそうなんですけど、バングラデシュなどの途上国からは値段が安いものしか先進国に流れて来ない、そういうモノの流れを変えたいなって思いますね。経済指標に比例した形でしかモノが入ったり出たりしないという感じではなくって、バングラから高級品が世界各国に発信されたりとか、アフリカからすごいものが出たりとか、そういうようにモノの流れを今までとは逆方向にしたいなというのを、漠然としていながらも自分の中にいつも思い描いていて。やっぱりそうすることで、「貧しい」「豊か」の尺度が変わってくるんじゃないかな、とか、その土地で生きる人が変わってくるんじゃないかなとかっていうのを思うんですよ。

私にとっての「豊かさ」とは、やっぱり、好きなことを頑張れること。頑張りたくても頑張れない人がいるし、好きなことが見つからない人がいるし。好きなことを頑張れるって、最高に幸せだと思うし。

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写真提供:株式会社マザーハウス

 

山口さんにとって、マザーハウスって何ですか?

マザーハウスは、今の時点では私と一体してます。自分自身。

だから自分が成長しなきゃ会社も成長しないし、自分が元気になって会社も元気になる。だから、オンもオフも無い毎日なんですよね。

だから本当に、会社が自分の人生、今はね。

 

山口さんにとって、バングラデシュって何ですか?

今は自分の、いろんな意味で自分を成長させてくれる場ですね。学校みたいな感じですね、今は。行くたびに自分が成長できて、行くたびに試練を与えてくれて、行くたびに「闘ってるんだ!」っていう感覚を与えてくれて。だから頑張れる。

 

最後の質問です。山口さんにとって、日本って何ですか?

日本っていうのは本当に、ただ「たまたま自分が生まれた国」でしかないです。一つのマーケットに過ぎません。

そんなに、あんまり思い入れは(笑)思い入れが無いって言ったらおかしいけれども、こだわっていないんですよね。別にヨーロッパであってもいいし、アメリカであってもいいし。スタッフもみんなそうだと思うんですけれども、「日本が拠点である意味無いよね」って言ってる。 だから今、メールとかで送る社内のファイルとかも英語になっていたりもするし、

あんまり狭く狭く考えるのはイヤだな、と思います。

 

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*撮影:小平まり子ほか

 

山口さん関連リンク

マザーハウス:http://www.mother-house.jp

山口さんのブログ:http://www.mother-house.jp/ceo/

『情熱大陸』HP(山口さんプロフィール):
http://www.mbs.jp/jounetsu/2008/03_16.shtml

山口さんの著書『裸でも生きるー25歳女性起業家の号泣戦記ー』(講談社):クリック!

 

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