チャールズ・E・マクジルトンさん(アメリカ)

インタビュー&構成:徳橋功
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Charles E. McJilton
セカンドハーベスト・ジャパン 理事長
(1991年来日)

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関係を築けば、食料は自然に集まってくると信じています。

 

」をご存知でしょうか?簡単に言えば、食品会社や個人などから食料品をいただき、それらを緊急の食料物資を必要としている非営利団体に供給する機関です。そして非営利団体が、食料を必要としている個人や家族に救援物資として食料を届けるという仕組みです。

フードバンクはアメリカで始まりました。最初のフードバンクがアメリカで組織されてから約40年後、チャールズ・E・マクジルトンさんという一人のアメリカ人が、日本で最初のフードバンクを設立しました。

日本では、まだまだ知られていない存在かもしれません。画期的とも思えるシステムですが、チャールズさんや、チャールズさんが設立した日本初のフードバンク「セカンドハーベスト・ジャパン」がこれまで辿ってきた道は、決して平坦ではありませんでした。

*インタビュー@セカンドハーベスト・ジャパン本部(東京・浅草橋)

英語版はこちらから

 

日本初のフードバンク

フードバンク活動が日本で始まったのは、2000年1月です。別々に活動していた炊き出しグループの代表者が集まり、より効率的に食料を集めるシステムを作ることを決めました。それが全ての始まりでした。

2002年、私たちは特定非営利活動法人として、日本初の正規のフードバンクを立ち上げました。その当時は「フードボード(Food Bank Japan)」という長い名前でしたが、2004年に現在の「セカンドハーベスト・ジャパン」に名称変更しました。

*セカンドハーベスト・ジャパンさんの歴史についてはこちらをご覧ください。

フードバンクのようなアイデアを持っていた人は、当時でもたくさんいました。でもアイデアを実際に形にしたのは、私たちが初めてでした。さらに私たちの思想や願いを形にすべく行動に移し、会社や個人、果ては農家の方々からも食料を集め、別の場所に届けるというフードバンクを作ったのは、私たちが初めてでした。

立ち上げの原動力になったのは、福祉関係に携わっている者ならみんな知っていた、ある事実でした。毎年、食料が無駄に捨てられていたのです。私もその一人であり、2000年から2002年までの2年間は、他の炊き出しグループとその問題にどう立ち向かうかを考えていました。

そして、食料を必要としている全ての人に食料を届ける正規のフードバンクを立ち上げることを考えました。その思いは私たちの「すべての人に、食べ物を。」というスローガンに表れています。食べ物を必要とし、なおかつきちんと責任を持ってそれらを活用できる人たち人に食料を提供する。これが私のアイデアの源でした。

日本初のフードバンクは、このような感じで始まりました。人々はそれが何なのか全く知らないという状況でした。だから私たちは人に説明する必要がありました。どんなシステムで、何で事業を回しているのか・・・私たちは食料を集める仕組みと、食料が必要な人たちを選ぶシステムを説明しました。

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セカンドハーベスト・ジャパンの事務所の天井に貼られているスローガンの数々。

 

日本にはスラムがある?

私は自分の家族以外に、他の里子とも一緒に暮らしていました。だから食べ物はいつも私にとって重大な問題でした。

私が初めて日本に来たのは1984年。当時は米軍に所属していました。2年間、日本に駐留しました。

その後1991年に、上智大学の研究生として再び日本に戻ってきました。日本に来る前、私はイエズス会の神父に手紙を送り、教会などのコミュニティに自分を紹介するようお願いしました。私は当時、カトリックの修道士になるつもりでいました。そのような経緯から、私は他の修道士たちと、労働者の街・山谷に住みました。1年住んだあと、そこから1ブロックほど離れたところに移りましたが、変わらず住んでいたのは山谷でした。これが私が山谷に関わり、家が無い日雇い労働者たちに関わり始めたきっかけでした。私の上智大学での専攻内容と、福祉や社会機関とは全くつながりがありませんでした。

山谷に来る前、私は「あなたの赴任先は“東京のスラム街”ですよ」と言われました。私はそれ以前に実際にスラムが存在する国々に行ったことがありますから、日本にスラム街が存在することを知って驚きました。いえ、実際には山谷はスラム街ではありません。でも東京の中では最も貧しい地域のひとつです。だから初めて山谷に来た時、地面に寝そべっている人を見て驚きました。でもすぐにその場所が好きになりました。街がとても生き生きしているように感じて、すごく愛着が湧いてきたのです。

山谷に新たに来る人も、山谷を去る人も、いつも私に挨拶をしてくれました。東京の他の地域では、そんなことはありませんでした。

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山谷には安宿がたくさん。近年ではたくさんの外国人バックパッカーが泊まりに来ます。

 

非営利分野やNGOで遅れを取る日本

日本の非営利組織やNGOは、フィリピンやバングラデシュ、インドよりも遅れを取っています。これはスタッフ数や社会政策に与える影響、政府や他の機関との関係の深さの面での話です。日本はこの分野においては、他国の後塵を拝しています。日本が非営利団体や NGOに法人格を与えるために法整備したのは、わずかここ10年です。それより前は、私たちのような団体は法人として存在し得なかったのです。これが今日に至る他国との格差の一因です。

資金調達面で言えば、調達は非常に厳しいです。アメリカでは、資金の85%が個人の寄付からで、一人当たりの平均が75ドルです。一方で日本は、1“世帯”あたりの年間寄付額は35ドルです。アメリカだと、1世帯当たりで換算すると1,400ドルになります。これくらい差があるのです。

日本国内には、現在約3万のNGOやNPOがあります。これらのうち、有給スタッフがいるのは5,000以下。1団体あたり平均1.5人しか常駐スタッフとして勤務していないのです。これも日本のNGOやNPOが発達していない証左です。これは日本社会を反映しているというよりは、日本社会の良い面と悪い面の両方が反映されていると言えます。

 

年間2000万トンの食料が捨てられる

日本の現実として、現在の貧困率は約15%。これはOECD加盟国の中では4番目に高い数字です。これが高齢者になると、貧困率は22%にまで上がります。この日本にも確実に貧困は存在し、しかも年々その割合は増えているのです。
同時に、おそらく食べても問題ない全ての食料の3分の1は廃棄されています。一方で日本は国内で消費する食料の60%を海外から輸入しています。日本の食料自給率はわずか40%だと、メディアを通してたびたび耳にしますが、全食料の3分の1が捨てられているという話は、あまり耳にしません。

少し前のデータですが、2002年は2000万トンもの食料が日本国内で廃棄されました。ちなみに世界中で行われている食料援助の総計は、わずか800万トンです。つまり、援助に回る分の2.5倍もの量の食料が捨てられているのです。これは、日本がいかに豊かかを示しているとも言えます。日本はたくさんの量の食料を輸入し、同時にたくさんの量の食料を捨てることができるわけですから。

ただ一方で、廃棄は環境に影響を与えています。なぜなら廃棄された食料は、燃やす必要があるからです。コンテナ何千個分もの食料が何らかの形で処分され、廃棄コストは企業に重くのしかかります。そして最終的にそのコストは消費者が負担することになります。廃棄はあらゆるところに影響を及ぼすのです。

 

フードバンクの奇跡

フードバンクが行っているのは、食料を取り戻すことです。期限切れの食料ではありません。まだ安全に食べられる食料を集め、必要としている人に届けます。2007年には、私たちは3,500万円もの企業負担分を削減し、同時に1億8千万円分の食料を届けました。もし同じ分の食料を買わなくてはならないとすると、彼らは1億8千万円を負担しなくてはなりません。だから企業にとっても、食料を必要としている人たちにとっても得をするシステムなのです。
(*2008年、セカンドハーベスト・ジャパンは企業の廃棄コストを8,500万円削減し、4億8千万円分の食料を届けました)

彼らが使わずに済んだお金は、例えば子供たちのために使ったり、企業なら人件費に回すことができます。奨学金に充てることもできます。これらは、廃棄される運命だった食料から生み出されたものです。これこそが、フードバンクの奇跡なのです。環境汚染もなくなるから環境にも良い。企業はコストを節約できるから企業にも良い。社会福祉施設は食料を買う必要がないから、社会福祉にとっても良い。全てが得をするのです。

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ハインツやコストコ、ハーゲンダッツなど約60社(2008年現在)がセカンドハーベスト・ジャパンの活動を支援しています。

 

ビジネスと福祉の両方に軸足を置く

フードバンク活動は非営利団体としては異色だと思います。なぜなら2つの側面があるからです。

まず一つ目が、ビジネスの側面です。食品メーカーや食品輸入業者、または小売店などと接している時、先方は被るかもしれない損害を考慮します。もし届けた食料によって誰かが病気になったら、彼らの扱う商品のイメージは悪くなります。他にも、届けた食料が転売されるかもしれないという懸念もあります。だから私たちはフードバンク事業をビジネスとして捉える必要があります。

もうひとつは、福祉の側面です。フードバンクとして、ビジネスと福祉両方に取り組むことが大事です。他の非営利団体が、企業などがお金を稼いだりお金を節約する手助けをすることは無いでしょう。私たちは片方の足をビジネスに、もう片方を福祉に置いています。

私の個人的な目標は、誰もが気軽に私たちの活動に参加して、彼らが去る時に「非営利団体を見直したよ」と言う、そんな活動をすることです。これは真剣に考えています。日本では、多くの人がNPOと聞いたら「趣味でやっているんだね」とか「良いことをしているね」で終わってしまいます。それは問題というほどでは無いですが、私が言いたいのは「社会にはそれぞれ異なる目的、異なる場所、異なる役割でもってNPOが活動しているから、私たちに対しては“こんなNPOもあるんだ”とか、“これはNPOの新たな可能性だ。こんな形でビジネスもできるんだ”と思っていただけるようになりたい、ということなのです。

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セカンドハーベスト・ジャパンには専用の倉庫があり、必要としている人々に届けるための食料がここに蓄えられます。

 

人助けをしようなんて思っていない

逆に私が嫌なのは、人から「チャールズさんはただ良いことをしているだけ。でもまあ、それもいいよね」と言われること。私はそうは思っていません。確かにビジネスプランを作らないNPOはたくさんありますし、そういうところは財政プランも用意しないでしょう。彼らが口にするのは、ただ「お金が必要なんです」だけです。

しかし、私はこれまで一度も「お金をください」と言ったことはありません。これまで一度も企業に行って「お金をください」などと言ったことはありません。私がこれまでやってきたことは、企業とのつながりを作ることです。そうすれば、逆に企業の方々が私におっしゃいます。「チャールズさん、私は今、余分に資金を持っている。あなたなら、これをどう使いますか?」「チャールズさん、もし私がこのお金をあなたに提供したら、あなたは何をしますか?」

私がお金を要求しなかったのは、決してプライドの問題ではありません。単に関係性の問題です。まず私たちは相手と関係を築きます。そして食料についても食品会社についても、私たちは初めての交渉の席でこう言います。「私たちは、御社の食料が欲しいのではありません。私たちは、御社と関係を築きたいのです」と。一旦関係を築けば、食料は向こうからやって来る – そう信じています。これこそが、私たちが大事にしていることです。そして相手には、食料やお金よりも、その人たちとの関係をまずは作りたいのだと、はっきりと伝えます。

私たちは非営利団体であり、企業は私たちから金銭的な報酬を一切与えられません。しかし企業は、社会に何らかの形で貢献したという満足感を、対価として得ることができます。

私たちは、人助けをしようなどとは思っていません。私たちは、廃棄されるかもしれなかった食料を、きちんと活用してくれる人がいることが「かっこいい」ことだと思っているだけです。「この食料を、どうやってA地点からB地点まで持って行こうか?」- そう考えることは、私たちにとっては人助けではないのです。

 

弱者支援のためのインフラは日本に存在しない

日本では、他の国のように餓死することはありません。でも支出額は増え、アルバイトで働く人の数も増えています。これらが最近、あらゆる問題を生み出しています。さらに日本には、弱者を支援するインフラは事実上存在しません。

例えば、もし皆さんが「貧困層にいる人」であり、実際に緊急の食料援助が必要なシングルマザーやご年配、低収入家族だとしたら、皆さんを援助できる場所はありません。ゼロです。緊急の食料を手に入れられる場所が1箇所も無いなど、1億人もの人口がいる国では信じられない状況です。それに近いものはありますが、フードバンクである我々でも限界があります。

私たちは、実際にどのくらいの人たちが本当に食料を必要としているかが分かりません。なぜならその人たちにとっての駆け込み寺が無いからです。DVや売春、危険な状況から逃げてきた女性を収容できるシェルターが日本に何ヶ所あるか、そしてそれらがどんなところかを見たら「こんなにも少なく、こんなにも小さい場所なのか」と、きっと驚くことでしょう。

私たちのオフィスではしょっちゅう電話が鳴っています。受話器を取ると「助けて、助けてください!」という必死の声が聞こえてきます。「食料を送ってください!私はそれが必要なんです!」と・・・

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子供たちからの、たくさんの「ありがとう」

 

企業はNPOからの見返りを期待すべき

皆さんが政府で働いていようが、企業で働いていようが、非営利団体で働いていようが、社会には3つの異なる分野があり、3つの異なる役割があります。私が理想とするのは、お互いが対等であるという関係です。

それぞれが持つべき機能や果たすべき役割があります。どれがどれよりすぐれているということはありません。それぞれが意思決定をし、最善の状況に向けて私たちは協力して物事を決めていきます。

私は、日本の社会がそのようになることを望んでいます。そしてNPOが「自分たちは、自分たちが考える“良いこと”をする。だからと言って他よりも自分たちが優れているというわけではない」と言えるくらいに成熟すれば良いなと思います。

政府は企業や非営利団体ができないことをする。企業は政府や非営利団体ができないことをする。そしてそれぞれの領域は、時に重なります。非営利と政府が公共政策について共に取り組む、などですね。私たちの場合は、非営利と企業がタッグを組んで社会問題に取り組んでいる事例と言えるでしょう。そして政府、、非営利が一致団結して財政・社会・経済政策を立案することもできると思います。

あなたは先ほど「活動における障害はあるか?」と聞きましたね。それについて言うなら、日本では政府・企業・非営利がお互いを信頼していないように見受けられます。企業は非営利を信頼せず、“単に良いことをやっているだけ”の組織とみなす。だから企業はNPOに何の期待もしません。企業はNPOに資金援助し、それで企業側は「良いことをしたからこれでいいや」と考える。それなら資金援助はしないほうがいいくらいです。企業はもっとNPOからの見返りを期待するべきだと思います。

一方で政府とNPOの関係も、やはりお互いの信頼が足りないようです。政府は「社会を運営する方法を知っているのは私たちだ。だから信頼しなさい」と言い、一方でNPOは「社会の諸悪の根源は政府だ」と考えがちです。

 

「私はまだ実現していないことを夢に見て、なぜできないかを問う」

私たちのケースに当てはめてみます。政府は「廃棄量を削減したい」と言います。そのための選択肢の一つがフードバンクなのですが、もし 企業や個人が食品をフードバンクに寄付する時に政府に税金を払わなければいけないとしたら、もう訳が分からなくなります。

例えば私に何百キロものお米があって、それらを困っている人たちに届けたいという場合、もし政府に2万円を払わなくてはいけないなら、それはもう狂気の沙汰です。

それは転売を懸念しての対策なのですが、私たちは「転売される食料は一切ない」ということを100%確認できます。もしそれが転売されたなら、政府は税金を要求しても良いでしょう。でも何故社会に対して良いことをするために税金を払わなくてはいけないのでしょうか?

でも私たちは、政府に議論を吹っかけることはしません。何故ならそれは私たちがするべきことでは無いからです。ジョン・F・ケネディの実弟であるロバート・F・ケネディの、こんな言葉があります。「人は現状を見て、なぜこうなのかを問う。私はまだ実現していないことを夢に見て、なぜできないかを問う」

ある人は今の世界を見て「なんでこんな問題が起きているんだ?」と言います。でもそれは、セカンドハーベスト・ジャパンらしくない。私たちはこれまで起こらなかったことを見て「もしこれができたら、すごくかっこよくないか?」「もしこの食料を人々に届けることができたら、すごくかっこよくないか?」と考える。それこそが、私たちなのです。かっこいいからやる。それが私たちが大切にしたいことです。

人生は短すぎる。だから「なぜこれができないんだ!」と嘆く暇など無いのです。

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チャールズさんにとって、フードバンクやセカンドハーベスト・ジャパンって何ですか?

私が日本からいただいたものをお返しする場です。

毎日私が職場に行き、毎日やるべき仕事をやっています。それは私にとって「投票」です。私はより良い社会のために日々投票活動を行っているようなものだと思います。

手に入れられる食料があり、必要としている人たちにそれを届け、一方で食料をA地点からB地点まで運ぶためのインフラを、困っている人たちに提供する。私はそんな社会に住みたい。そしてそんな素晴らしい場所を、私は娘にあげたいと思っています。

私が日本にいるのは、娘をサポートするためと言っても過言ではありません。

 

チャールズさんにとって、日本って何ですか?

私が日本にいる限り、私が住む社会や国は日本です。

皮肉なことに、日本を理解すればするほど、日本の悪い部分も見えてきます。でも私が日本を知らず、日本語も話せない状態だったら、この仕事はできなかったでしょう。

もし日本語が理解できなかったら、人を真に理解することもなかったでしょうし、物事を深いレベルで知ることもなかったと思います。

誰でも、そしてどんな状況でも、深く物事を掘り下げればするほど、物事の良い部分と悪い部分が見えてきます。

でも私にとっては、日本には良いことのほうがずっと多いと思いますね。

 

チャールズさん関連リンク

セカンドハーベスト・ジャパン:http://2hj.org/
チャールズさん on My Eyes Tokyo ラジオ!音声もお聞きいただけます→ Part1 Part2
(2010年5月29日・6月5日放送)

 

3 thoughts on “チャールズ・E・マクジルトンさん(アメリカ)

  • 2017/12/14 at 23:04
    Permalink

    2017.12.13
     今日放映のテレビ番組で、拝見しました。”共に生きよう”
    すばらしいことです。
     65歳まで生きてきた自分にとって、大事なものを見つけたように
    思いました。
     この世の中生きにくい時代です。チャールズさん 元気でこの日本いや、
    世界に発信・啓発してください。
     私も影から応援します。

    Reply
    • 2017/12/14 at 23:06
      Permalink

      2017.12.13
       今日放映のテレビ番組で、拝見しました。”共に生きよう”
      すばらしいことです。
       65歳まで生きてきた自分にとって、大事なものを見つけたように
      思いました。
       この世の中生きにくい時代です。チャールズさん 元気でこの日本いや、
      世界に発信・啓発してください。
       私も影から応援します。

      Reply
  • 2017/12/14 at 22:58
    Permalink

    12月14日番組みました。人にあたえるのではなく。どうぞ食べてくだしさい。村上龍さん、今日の番組は、今の日本、世界に必要な事情だとわかりました。すごくいい、話が聞けました。ありがとうございます。また今日みたいなばんぐみが、増える事が必要だとおもいます。途中からみたんですが、はなしに嘘はありません。

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