ウィンチェスター・ニ・テテさん(ガーナ)

インタビュー&構成:徳橋功
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Winchester Nii Tete
パーカッショニスト
(2004年より日本在住)

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日本は安全です。でもそこには平和がありません。

 

今回のMy Eyes Tokyoは、ガーナからやって来た凄腕パーカッショニストの登場です。以前私たちが取材させていただいたAP通信東京支局ジャーナリストの影山優理さんが開いた詩の朗読ライブで、バックを務めていたのがニ・テテさんでした。

ニ・テテさんは影山さんの朗読に合わせてパーカッションを鳴らしていました。その音を聞いた瞬間に私たちは「すごい・・・」と絶句。完全に心を奪われました。彼のプレイはまさに“芸術”だと思いました。

「ローマは1日にしてならず」- ニ・テテさんは“パンログ”というパーカッションを5歳の頃から叩き続けてきた20年選手。パーカッションでは、彼の右に出る者はいないとさえ言われています。そんな彼が他のミュージシャンたちとセッションする時は、実に楽しそうです。

私たちはもちろん彼の鳴らす音が好き。でもそれだけでなく、ニ・テテさんの笑顔も音楽と同じくらい素敵です。彼は演奏中も笑顔を絶やしません。本当にセッションが好きなのでしょう。この笑顔こそが、彼が異郷の地を生き抜く最大の“武器”なのだと思いました。

*インタビュー@阿佐ヶ谷(杉並区)
英語版はこちらから!

 

「世界ウルルン滞在記」

僕は2004年に日本に来ましたが、その前にも日本には縁がありました。2002年に「世界ウルルン滞在記」(TBS系)という日本のテレビ番組の制作に協力させていただいたのです。僕の家族と長年お付き合いのある日本人女性がガーナでコーディネーター兼リサーチャーとして働いていて、彼女が僕ら家族をテレビ局クルーに紹介してくれました。そして俳優の柏原収史さんが我が家に1週間滞在し、ドラムやガーナの文化を学びました。

それが日本で放送される前から、僕の実家には外国人がたくさん来て、ドラムを買ったり叩き方を学んだりしていました(*ニ・テテさんのご家族はドラム一家で、ドラムも自分たちで作られていたそうです)。でも日本人よりも欧米人の方が多かったですね。

でもその数少ない日本人訪問者の方々から、僕は日本について学びました。日本はガーナからすごく遠い。だから僕らが日本に対して抱くイメージは、真実からはかけ離れています。それに、僕が彼らに「どんな食べ物が好きですか?」と聞いたら「寿司」と返って来ましたが、ガーナでは生魚は食べません。

「世界ウルルン滞在記」放送後、日本人が我が家にたくさんいらっしゃいました。そしてある日、一人の日本人女性が訪れました。彼女が今の僕の妻です。彼女にドラムの叩き方を教えるうちに恋に落ちました。それで僕は日本に来たのです。

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ガーナの伝統的なドラム「パンログ」  

 

学び、働き、そして叩く!

僕はその人と結婚し、日本に来ました。しかし僕は元々、家族とドイツかアメリカに遠征に行こうと考えていました。家族の中に、それらの国に住んでいる人がいたからです。決して日本に来たくなかったという意味ではないですよ(笑)ただ、日本に来る予定がなかったというだけです。家族の中で、僕が最初に日本に来た人になりました。つまり唯一のガーナ人だから、日本に住むのは容易なことではありませんでした。

日本に来た時、僕は他の人とセッションしたいと思いました。でもどんな人がいるかわからない。しかも、どこに行けばセッション相手が見つかるかもわかりませんでした。

僕には仕事も必要でした。生きていくためです。でもそのためには日本語を勉強する必要がありました。それで無料の日本語教室に通い、初歩の日本語を学ぶことにしました。

その後お金を稼ぐために工場で働き始めました。僕が演奏する時は、ドラムを1度に4〜5台、場合によってはもっと使います。だから電車では運べず、レンタカーが必要になります。なのでお金が必要でした。僕が朝9時から夜9時まで、週6日働きました。休日は日曜だけでした。そこで1年間働きました。

僕は近所の公園で練習しました。日本に来てから1年半の間、ずっと一人での練習を続けてきました。そんな時に、僕の叔父さんのガールフレンドがジャズミュージシャンを何人か紹介してくれました。それでようやくセッションが日本でできるようになりました。

それに加えて、ガーナにいる僕の叔父さんの家に1年間滞在していた日本人と知り合いました。僕は彼にガーナ音楽をたくさん教えました。やがて彼は僕のサポートメンバーになり、ようやくライブハウスで演奏できる体制になりました。少しずつ、日本で音楽活動を始めました。

僕の演奏を見た人は「すごいヤツが現れた!」と思ってくれたようです。その評判が、僕をたくさんのミュージシャンに引き合わせてくれました。その中には日本人だけでなくアフリカ人やアメリカ人もおり、いずれもジャズやソウルを得意とする人たちでした。さらにはラテン音楽を演奏するブラジル人や日本人にもネットワークが広がりました。

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経験豊富なボーカリストのロビンさん。
ニ・テテさんとの掛け合いに観客は爆笑、でも
ひとたび演奏が始まると、誰もが興奮の渦に!  

 

日本人俳優との再会

僕が日本に来て5ヶ月後、僕はガーナに帰りたくなりました。でも工場で働き始めてから、そこで働いていたガーナ人に出会いました。彼らと友達になって、それでようやくホッとできました。それまでは孤独でした。他のガーナ人を知らないし、誰も日本人を知らなかったわけですから。妻と・・・ガーナで出会った日本人俳優、柏原収史さん以外は。

柏原さんとは日本の番組制作がきっかけで、ガーナで知り合いました。彼のことを思い出した僕は、彼の電話番号を探しました。でも見つかりませんでした。彼との連絡が取れないまま、約2年が過ぎていきました。

ある日、柏原さんがテレビのトークショーに出ていました。番組の司会者は「ご質問がある方は、こちらまでお送りください」と言いました。それで僕は番組宛てにFAXを送ったのです。「こんにちは、ニ・テテです。今、日本にいます。これが僕の電話番号です。連絡お待ちしています」。

それから2日後、柏原さんから電話が来ました。「FAX受け取ったよ!」と彼は言いました。彼も僕も、お互いに会いたいと思いました。でも彼がすごく忙しかったのです。だから彼は言いました。「会えるまで、しばらく待っていてね」。そしてしばらくして、ようやく彼と久々に会いました。彼は驚いていました。「なんで日本に来たの?」と彼が聞いたので、僕は言いました。「君を追いかけて来たのさ」(笑)

 

自分の伝統文化を忘れるのは、それほど珍しいことじゃない

僕は自分の活動を通じて、ガーナ音楽やガーナの伝統的なドラムを日本の人たちに伝えたいです。そして日本で活動しているいろんなジャンルのミュージシャンと演奏したいです。どんなジャンルの音楽もウェルカムです。例えば和太鼓とかでもね。


和太鼓奏者・影山伊作さんとのライブセッション

人が自分の伝統文化を忘れていくのは、自然な流れです。ガーナでも同じで、自分たちの文化を知らないガーナ人もいます。彼らはヒップホップやソウル、クラシックなど欧米の音楽を聴いて育っています。日本でも伝統を維持しようとしている人たちもいますが、彼らは伝統には固執していません。例えば演歌を聴かないようなミュージシャンともセッションしようとしています。

僕もそれと同じで、伝統を守り続ける一方で、たくさんのジャンルの音楽を聴き、刺激を得たり彼らのリズムを学んだりしています。だから僕はいろんなミュージシャンたちと共演するのが好きなんです。僕とセッションしてみたいという方がいらしたら、どんなジャンルのミュージシャンもウェルカムです。

 

僕の嫌いなもの – 納豆、寿司、殺しあう人々

日本は安全な国です。時々殺人事件が起きますが、それでも安全な方です。でもガーナでは、日本みたく殺人が起きたりはしません。

日本が安全なのは、夜や真夜中も街を歩けるからです。ガーナも昔はそれができましたが、いまは無理です。ガーナには真夜中に歩ける場所がありますが、でもやはり無理な場所もあります。

一方で、僕は納豆や寿司が好きではないです。ガーナでは生魚を食べないので、僕も食べられないんです。あと、僕が日本語を話せなかった頃、僕が人に何かを尋ねても無視されました。もちろん、そんなことをしたのはごく一部の日本人です。でもそういう日本人の性格は、はっきり言って嫌いです。いくら質問しても、彼らは全然答えてくれませんでした。

僕がもう一つ嫌いなものは、人がストレスを感じて、殺人に及んでしまうことです。ついこの間(2008年10月1日)大阪で16人もの人たちが殺されました。僕は誰かが誰かを殺すというのが嫌いです。

ガーナ人は、そんなことはしません。ガーナは日本より少し危険かもしれないけど、平和です。日本は平和を取り戻すべきです。日本は安全だけど、平和が感じられないんです。

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@Dongara
2008年10月11日

 

ニ・テテさんにとって、ドラムって何ですか?

僕の人生そのものです。

なぜならドラムは、僕が天から授かった能力ですから。僕は1日10時間でも叩いていられます。日本にいてもガーナにいてもアメリカにいても、どこにいても僕はドラムを叩きます。

ドラムは僕の全てです。

 

ニ・テテさんにとって、日本って何ですか?

好きな国です。

なぜなら日本は安全ですからね。でも日本語が話せなかった頃は、日本が嫌いでした。人に話しかけても、誰も聞く耳を持ってくれませんでした。でもひとたび日本語が話せるようになったら、彼らは話を聞いてくれました。そして助けてくれました。こういうところが日本で僕が好きなところです。

日本人は、本気で他の人を助けようとする気質にあふれています。


TEDxTokyoで演奏!(2011年5月21日)  

 

ニ・テテさん関連リンク

公式ホームページ:http://www.niitete.net/

 

My Eyes Tokyo

Interviews with international people featured on our radio show on ChuoFM 84.0 & website. Useful information for everyday life in Tokyo. 外国人にとって役立つ情報の提供&外国人とのインタビュー

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