「アートでつながるダイバーシティ社会」イベントレポート
取材&構成:徳橋功
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“ダイバーシティ(Diversity)”という言葉が、ここ数年の間に私たちの生活に広がってきています。直訳すると“多様性”ですが、ビジネス分野で用いられる場合は“多様な人材を積極的に活用しようという考え方”になり、特に女性の積極的活用を指して用いられることが多くなっています。
しかし一方で、国籍や分野、最近では“LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)”も含めた様々な背景を持つ人たちを受け入れることが本来の“多様性”と言われています。それらの中で私たちMy Eyes Tokyo(以下MET)は主に“国籍の多様性”を意識し、“Love Diversity”をスローガンに掲げてこれまで活動してきました。
そんな私たちがキャッチしたのが、この「アートでつながるダイバーシティ社会」というイベントのお知らせでした。私たちはこれまでにアーティストと呼ばれる人たちを、それこそ国籍関係なく取材させていただきましたが、“アートで多様な社会の構築を試みる”活動については、ほとんど触れてきていませんでした。それゆえに国際交流基金主催のこのイベントでは、モデレーターやパネリストの皆さんのお話を大変興味深くお聞かせいただきました。
アーティストたちが描くダイバーシティ社会の在り方と、それに向けての取り組みについて語られた120分。今回はそのもようをご紹介させていただきたく思います。
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アートをコミュニケーションの一つとして捉え、同じ街やコミュニティに暮らす多様な文化背景を持つ市民同士が、アートプロジェクトを介して相互の違いを認め合い、尊重していく – そのような社会を作る試みに取り組んでいる人たちが、8月25日夜、四谷の国際交流基金本部に集まりました。
モデレーター:田村太郎さん
「一般財団法人ダイバーシティ研究所」代表。多文化共生を研究し、異なる背景を持つ人同士のコミュニケーションを地域社会や企業などに提案する事業などを展開。 田村さん曰く、ダイバーシティ社会の定義は「違いがあり、お互いが認め合い、影響を及ぼし合い、全体として調和がとれている状態」。
*ダイバーシティ研究所:http://www.diversityjapan.jp/
パネリスト:岩井成昭さん
美術家として、コミュニケーションをテーマに様々な作品を制作。オーストラリアの多文化アートおよび“イミグレーション・ミュージアム”の存在に刺激を受け、2010年に“適応”(日本における生活および不自由さの克服)・“保持”(オリジナルの文化をいかに保つか)・“融合”(将来的なビジョンと理想)をテーマとした「イミグレーション・ミュージアム東京」プロジェクトを開始。
*イミグレーション・ミュージアム東京:http://www.immigration-museum-tokyo.org/
パネリスト:海老原周子さん
「しんじゅくアートプロジェクト」代表。「違いが豊かさを生む社会」をビジョンとして掲げ、多様な文化背景を持つ人々と共に様々なワークショップやプロジェクトを行う。イタリアなど海外の国際交流団体と連携した活動も実施。
*しんじゅくアートプロジェクト:https://www.facebook.com/ShinjukuArtProject
パネリスト:山下彩香さん
「EDAYA」共同代表・ディレクター。フィリピンの少数民族の伝統文化の育成と保護を行うと共に、彼らが作る竹楽器をモチーフにしたエシカルジュエリーを制作・販売。日本とフィリピンの架け橋を担う。 *EDAYA:http://edaya-arts.com/
グループディスカッション
各パネリストの活動事例の紹介の後、「現在取り組んでいる多文化共生活動を他地域にも広げていくためにすべきこと」をテーマに、グループディスカッションが行われました。
岩井成昭さん
ニューカマーの方々と共に仕事やコラボレーションをする上でぶつかる問題が「時間がある人たちがなかなかいない」ということです。私たちは、日々労働されている人たちにこそ参加していただきたいと思っていますが、彼らにはその時間がありません。しかもそのような人たちにとっては、アートは“余分なもの”に過ぎない。さらに「そうではないんだ」と彼らに伝えられるほどのパワフルなメッセージを、私たちが発信できていません。まずはこの問題を解決し、その後に私たちの考え方を全国に届けたいと思っています。
また、日本人は人々の文化的・世代的背景の違いは認識しますが、階層格差により生じる違いには疎いところがあるような気がします。そのため、階層格差を含めた違いを踏まえてのコラボレーションが進められない。これも課題だと考えています。
モデレーター・田村太郎さん:かつては海外から日本に移ったら「もうしばらくは – 場合によっては一生 – 帰らないぞ!」というのが移住や移民のイメージでした。一方で近年は、スカイプなど無料のコミュニケーション手段が発達したおかげで、海外移住や海外就労のハードルが下がったのではないでしょうか。それに伴い、ニューカマーや移住者の概念も変化したのではないかと思うのですが、そのようなことは感じますか?
岩井さん:そのようなことはあるかもしれませんね。でも一方で、表に見えなくなっている部分が増えたのではないかと思います。
例えば、私たちは工場などの労働現場で働く外国人の声を聞きたい。なぜならダイナミズムはそのような場所にある気がするからです。でも実際は、アクセスすることが難しい。実態は隠蔽されており、なかなか手が届かない状況になっています。そのため、かつてより表に見えにくくなっているように感じます。
山下彩香さん
私たちのアートプロジェクトは、フィリピンのカリンガという地域に限定して行われています。“限定的”だからこそ意味があると思うのですが、一方でそれをどのようにして他地域で行ったり、大きな社会的インパクトを生むかについても、真剣に考えています。
その一歩として、アクセサリーに限らず展覧会や書籍など複数の媒体を紹介したり、様々な試みを行うことで共感者を増やそうと思っています。そして共感して下さった方々が自分たちの地域で同じ試みを実践する – そのようなことが起こることを期待しています。
また、他地域で同じようなことを行ってくれる人たちを増やす試みも考えています。
田村さん:アートと社会起業は“0から1を生み出す”という点では同じではないかと思います。アートは“表現したいことを形として残していく”作業ですが、それに挑戦するのは起業家精神にもつながるかもしれません。アートにマネジメントの要素が加われば、もっと広がっていくのではないでしょうか?
山下さん:やる気にならないと物事は始まりません。文化保護にしても、その地域の人たちが自ら行動を起こし、自分たちで文化保護の方法や文化の発信方法について考える必要があります。一方で私たちは、もし現地の人たちが考えに詰まった時に、そのための仕組みを用意したり、他の人々につなげたりする。そのようなことができればと考えています。
海老原周子さん
私たちがするべきことは3つあると考えています。1. つなぐ 2. 育てる 3. つくる です。
“つなぐ”についてですが、ただAとBをくっつけただけでは、お互いに繋がらないことがあると思います。多文化共生に取り組む団体さんにアーティストが加わっても、それは団体さんから見れば「アーティストを搾取する行為だ!」と言われることもあるし、アーティストから見れば「彼らのやっていることはアートではない」といったズレが生じたりします。そこで、これまで日本と海外を行ったり来たりしてきた私自身が、彼らの間に立つ存在でありたいと思っています。
“育てる”については、次の担い手やロールモデルとなる人を育てていくことが大事だと思っています。 “つくる”は、いろんな違いを持つ者同士がどのようにして活動を続けていくか、です。別の言葉で言えば“ダイバーシティ・マネージメント”ですね。「どこの国の出身か」とか「どういうバックグラウンドを持っているか」よりも、「同じ思いを持っているか」ということの方がはるかに重要になってくると思います。
ただし、日本にはまだそのような組織のモデルがありません。だから私たち自身が模索しながら、自分たちでダイバーシティ・マネジメントの“実験”をしていきたいと思っています。 でも一番の壁は、移民政策です。良い移民政策が早く作られることを祈りながら、日々を過ごしています。
質疑応答
最後に、会場からの質疑応答が行われました。
Q. 山下さんと海老原さんへ。
お2人のご活動をお聞きすると、いろんな人たちが集まり、その中から自然発生的に活動が生まれ拡大しているように思えます。その要因はインセンティブ、楽しさ、使命感のどれでしょうか?
山下さん:どれだけ自分たちが関わっている活動を“自分ごと”として捉えられるかにかかっていると思います。私たちのビジネスモデルは”少数民族が作ったものを先進国で販売する”ことですが、先進国の人たちは少数民族の話にあまり関心が無いのが実状です。そこで、いかに上手に少数民族と先進国の人たちの間に“共に創る”や“共に理解する”の関係を生み出せるか、が大事になってきます。そのカギとなるのが”ストーリー”です。
海老原さん:「しんじゅくアートプロジェクト」に新しく入ってきた人には「あなたはここで何をしたいですか?」と必ず、それもかなり突っ込んで聞きます。そしてその人のやりたいことと、私のやりたいことに必ず何らかの接点を持たせ、共通の目標を作っていきます。それが、私の活動が続いてきた要因だと思います。
岩井さんも回答しました。
「アートを通じて別の価値観に触れ、別の価値観に気づくということが何よりも楽しく、スリリングで、意義あること。自分もエネルギーをもらえる瞬間です。その典型が、違う文化背景を持つ人たちとの出会いです。もう楽しくて仕方が無いんです。その“楽しさ”が、活動が続く源泉だと思います」
Q. これから5年後は、日本の多文化共生はどうなっていると思いますか?
山下さん:若者を中心に、LGBTも含めて自分たちと異なる人たちを受け入れようという流れが、今の社会に生まれてきています。やがて5〜10年経った時には、お互いの関係がよりフラットになり、いろいろな人たちが「もう少し多様な視点を持とうよ」と言うような流れになっていくと思います。
海老原さん:5年後にはオリンピックが開催されますよね。きっと今よりはダイバーシティという言葉が普通に言われているとは思います。
でも個人的には10年後の方が面白そうです。EU加盟国間ではすでに活発に人の移動が行われていますが、国際交流基金さんがアジアセンターを通じて人的交流を図られていることもあり、アジア諸国間でも人の移動が活発に行われるようになるのではないかと思います。
岩井さん:90年代のバブル崩壊前後に、イラン人を筆頭に外国人の姿を都内で多く見かけるようになりました。それを機に、日本でも急激に多文化化していくだろうと信じていましたが、10年、20年経ってもほとんど状況は変わりませんでした。それどころか、目に見える変化はどんどん少なくなっていきました。でも一方で、集住ではなく散在して暮らす外国人はいるだろう、とは思っていました。
だからダイナミックな変化は、この先10年経っても起きないだろうと思っています。ただ一方で、水面下での意識の変化や政治的変化はきっと起きると思います。
Q. アートと移民や外国人との接点を作ることに関心を持っている人は、他にもいますか?
山下さん:移住というものが、私が関わっているフィリピンでは日常的に語られています。人の移動が増える中で、どうしたらアートが役割を担っていけるのかを考えることは、今以上に今後は必要になってくるのではないでしょうか。
海老原さん:演劇などの分野から、実際にお話をいただいています。
岩井さん:たくさんいると思います。私自身は日本で食えない時に“アーティスト・イン・レジデンス”という制度で海外で芸術活動をさせていただきましたが、その時に現地から求められるのは“差異”、つまり文化的な違いでした。“アーティスト・イン・レジデンス”制度を使って活動する人は、それを意識して作品を作っていくわけです。
だから僕に限らず、同じように“アーティスト・イン・レジデンス”制度を通じて海外で創作活動を経験した人なら、日本に帰国後も、多様性や海外の人たちの視点などを気にするようになると思いますし、そのようなテーマで作品を作る人たちもたくさんいると思います。
最後に、田村さんがまとめました。
私個人としては、今後5〜10年で多文化をめぐる状況は大きく変わると思います。それまでは調査・研究・表現の対象者だった海外からの移住者が、むしろ発信の担い手になっていくでしょうし、その動きはさらに加速すると思います。それに“日本人”と“外国人”の線引きも曖昧になっていくでしょう。
ただ一方で、外国人児童への教育にはまだまだ改善すべき要素が多いですし、一番大きな問題なのは外国人の高齢者の増加です。母国とは違う文化背景の中で年老い、亡くなっていく人たちは、これからもどんどん増えていくと思います。福祉分野での現状を分かりやすく伝えることが、これからも求められると思うし、福祉分野での多文化対応にアートの力を借りられたら面白いのではないでしょうか。
そして“ダイバーシティ”という言葉が、新しいエネルギーを生むものになれば良いなと思います。今日のディスカッションを通じて、その兆しをアートの中に見いだした気がしました。
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2006年の立ち上げ以来、私たちMETは“外国人”に関係ある分野に携わる人たちに数多く出会い、その人たちのご活動にも関わらせていただきました。その中にはもちろん多文化共生活動もありましたし、またMET代表の徳橋は複数の自治体で国際交流団体の活動に参加してきました。
その末に、METは“異文化理解”を自らの活動の柱に据え、多文化共生分野については他の人たちに担っていただいた方が良いのではないかと思ったこともあります。ただ今回このようなイベントに参加させていただいたことで、再び多文化共生分野への興味に火が点き始めたところです。
まずは岩井成昭さん率いる“イミグレーション・ミュージアム東京”が近く開催する“普段着のできごと”と題した展示会に足を運ばせていただきたく思います。こちらをご覧になってご興味を持たれた皆さん、ぜひ私たちと一緒に行きましょう!
関連リンク
国際交流基金:https://www.jpf.go.jp/
*取材・撮影(クレジットの無い会場写真)・構成:徳橋功