多様性を活力にするために -「インターカルチュラル・シティの最前線 – バルセロナの取り組みから – 」講演レポート
取材&構成:徳橋功
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My Eyes Tokyo(以下MET)は立ち上げ以来約10年間、歩むべき道を探して彷徨い続けてきました。その道中で国際交流や難民問題、多文化共生などに取り組む方々に出会いました。 そして昨年、ようやく私たちの役割をはっきりと認識しました。
日本を世界に伝えるために立ち上げたMETでしたが、ただ伝えるだけにとどまらず、海外から来る人たちを迎えるためには、私たち日本人も世界のことを知るべきだ – そう考え「日本を伝え 世界を知る」をMETの新たなスローガンに掲げました。その一環として、マクロな視点で海外の潮流を学ぶセミナーなどを積極的に取材し、その模様をお伝えしてまいりました。
そこでMETがお送りする2016年最初の特集、テーマは“インターカルチュラル・シティ”です。
インターカルチュラル(intercultural)は、直訳すると“異文化間の”という意味ですが、“インターカルチュラル・シティ”の定義は「移住者(migrant)や少数者(minority)によってもたらされる文化的多様性を、脅威ではなくむしろ好機ととらえ、都市の活力や革新、創造、成長の源泉とする新しい都市政策」(明治大学国際日本学部教授 山脇啓造氏)。欧州ではこのようなアプローチが注目されているということです。
2015年12月、国際交流基金がこの“インターカルチュラル・シティ”をテーマにした公開セミナーを開催しました。ヨーロッパでも先進的といわれるスペイン・バルセロナ市の多文化共生政策の策定の中心となったダニエル・デ・トーレス氏が登壇し、同市の多文化共生政策と具体的な取り組みをご紹介しました。
ダニエル・デ・トーレス氏
講演@国際交流基金本部(2015年12月16日)
*トーレス氏によるご講演を、内容を要約させていただきご紹介いたします。
10年で30万人
まずトーレス氏は、2000年と2010年のバルセロナの状況を比較しました。
「バルセロナ市の人口に占める外国人人口は、2000年は3.5%でした。それが2010年には17%に増えました。人口に換算すると30万人ほどの人たちが、パキスタンや南米諸国、フィリピン、バングラデシュ、ヨーロッパ諸国など世界各国から来て、バルセロナに居住をしているということになります」
かつてバルセロナ市の移民担当コミッショナーだったというトーレス氏。その時に気がついたことは「居住を始めたばかりの移民たちの基本的なニーズに焦点を当てなくてはならない」ということでした。移民の第1段階は、新天地に根を下ろすこと。新たな環境での生活を始めてからの半年間は、学校や行政、保健といった生活の基本となる機関が、移民たちのニーズを満たす必要がある、ということです。
そして移民の第2段階が社会への“統合”(Integration)。その過程における最重要課題は“言語の習得”です。
トーレス氏は諸外国の移民統合モデルを研究し、それぞれのモデルの長所と短所を洗い出しました。それはバルセロナが、他地域の轍を踏まないためでした。これらの研究はトーレス氏が移民担当コミッショナーになる前に取り組んでいたことであり、その当時は並行して“インターカルチュラル・アプローチ”の研究もしていたということです。これらがトーレス氏を、バルセロナ市の要職へと導きました。
共存に留まるな 交流を促進せよ
トーレス氏によれば“統合”の先にあるのが“インターカルチュラリティ”とのこと。“マルチカルチュラリティ”(多文化主義)とは異なる概念であり、これを満たすための原則は3つあるそうです。
1. 差別など、平等を妨げる障壁を克服する強い意識を持ち、すべての市民の権利と責任の平等を保証する。
2. ダイバーシティ(多様性)をきちんと認識する。それによりダイバーシティの持つ複雑さは少なくなり、与えられるチャンスが拡大する。
3. 異なる背景を持つ人同士が交わることでギャップを埋め、一つになるというゴールに向け、諸問題の解決に取り組む。それにより、市民同士の積極的な交流を促進する(異なる背景の人々が集まっているだけでは、インターカルチュラリティが実現されているとは言えない)。
自治体がインターカルチュラル・アプローチを導入する際、その自治体の国際交流関係のセクションだけでなく、教育や文化、生活、経済、安全保障などすべてのセクションが一丸となって取り組まなければなりません。
もし外国人が多く居住している地域の図書館が、均一的なコンテンツしか提供していない場合、上記3原則は達成されていないとトーレス氏は判断します。地域に居住する各民族に対応した書籍を揃えたり、読み聞かせを行ったりすることが、異なる背景を持つ人同士の交流を促進し、異なるものの中に共通項を見出すことにつながる。つまり、図書館がインターカルチャーな場となる、ということです。
またトーレス氏は、マルチカルチャーイベント開催のための助成金の申請を受けた時のエピソードを語りました。その内容がいろいろな国の文化の披露だと聞き「それだけではダメです」とトーレス氏は申請者に伝えました。もちろんアイデンティティを維持するために文化紹介を行うことは素晴らしいこと、でもそれにより“交流”が生まれなければ意味がない – そう判断し、そのイベントには助成金を出しませんでした。そして助成金の審査基準を“その企画がインターカルチュラリティを重視したものであること”としました。それくらい徹底したとのことです。
政治を動かす
トーレス氏は一般市民だけでなく、市政府にも働きかけました。一見多様性やインターカルチュラリティとは無関係の経済開発担当副市長に、こう呼びかけたのです。
「バルセロナはブラジルや中国などの諸外国とビジネスを行いますよね。そのために、市内に住む5000人のブラジル人や1万5000人の中国人を、バルセロナの文化に統合しない人たちと見るのではなく“ポルトガル語や中国語を話すプロフェッショナル”“ポルトガルや中国に人脈を持つ人々”と捉える。そのように考え方を変える必要があるのです」。これも“インターカルチュラリティ”を端的に表す事例です。
その上でトーレス氏は、市内に住む外国人ビジネスマンに対して、地元のビジネス団体の活動に参加するよう呼びかけ、また各団体に対しては、外国人市民に対して門戸を開放するよう呼びかけました。やがてそれは、バルセロナに元々住んでいた市民と外国人市民の共同団体設立という形で結実しました。
トーレス氏は言いました。
「仮に行政が動かなくても、非営利団体などが草の根レベルでインターカルチュラリティの実現に向けて動くかもしれません。しかし、公共政策としてインターカルチュラリティを推進するためには、副市長や市長が政治的意思を持つことが重要です。インターカルチュラリティの推進が、選挙活動に有利に働くかは分かりません。それでも市長が“インターカルチュラリティは我が自治体にとって重要な問題である”と感じ、市長が勇気を持って決断し、旗を振って市民に説明をすることが重要だと思います」
偏見と闘う
さらにトーレス氏は、3.の「異なる背景を持つ人同士の交流」の促進に向けて動くべく、市民に質問を投げかけました。
「その種の交流を阻んでいるものは、何だと思いますか?」
市民からは “偏見”“ステレオタイプ”“知識不足”などといった答えが返ってきました。しかもそれらは差別をも生み出す危険性を孕んでいます。そこで、それら偏見やステレオタイプに対抗する公共政策の立案へと動きました。その一つが「反うわさ戦略」(Anti-rumor strategy)でした。
まず「移民は我々よりも多く給付金を受け取っている」「移民により都市のアイデンティティが失われる」「移民が我々の職を奪っている」「移民は我々の価値観を尊重しない」などのうわさを特定します。そしてそれらのうわさが真実なのかを確かめるための情報を集めます。
その次に行うのが、社会を大きく3つに分類すること。①インターカルチュラリティを受け入れている人たち②人種主義者③中間層の3種類に分け、それぞれに対して「良い人たち」「悪い人たち」という見方をするのではなく、それぞれの立場を理解した上で「この種のうわさは社会にネガティブな影響を与えるということを認識してください」と、彼らと同じ目線に立って伝えていく。そのようなアプローチが重要だとトーレス氏は述べました。
そして影響力を持つ人たちを巻き込み、うわさの拡散に対抗するネットワークを構築しました。さらに、偏見やステレオタイプを覆すために“退屈ではない”クリエイティビティあふれるコンテンツの制作や配信を試み、“反うわさ”を促進するイベントを企画・開催しました。
この「反うわさ戦略」の評判は国内外に広がりました。スペイン国内の他の自治体だけでなく、欧州評議会も関心を持ち、アイルランド、ドイツ、スウェーデン、ポーランド、ギリシャ、ポルトガルにある計10都市で採用されました。やがて反うわさ戦略は大西洋を越え、カナダ、アメリカ、メキシコにも広がっていきました。
“エージェント”を養成
トーレス氏が考案した「反うわさ戦略」を担う鍵となる人たちは、また別に存在しました。それが「反うわさエージェント」と呼ばれる人たちでした。彼らは偏見やステレオタイプを持つ人々の心理などに精通していました。
この「反うわさエージェント」の行動について、トーレス氏はある例を挙げました。
隣に住む人とエレベーターに乗り合わせた時、その人から「この周辺は韓国人が増えて、もう昔とはすっかり変わってしまった。本当にひどいね」という話を聞いたとします。その時、 反うわさエージェントならどう反応するでしょうか?
1. 無言で微笑むだけ。おそらく大多数の人々が採る選択肢。これにより、皆さんもうわさの連鎖の一部になる。
2.「あなたはひどい差別主義者ですね!」とハッキリと言う。その人との関係性は壊れ、しかもその人は自分の考えを変えることはない。
3.「何か、韓国人にひどい目に合わされたのですか?」と聞いてみる。その上で「韓国人のお店があるおかげで、私はずいぶん助かっていますよ」と伝えて別れる。
トーレス氏によれば、答えは3.です。ポジティブな表現を用いながら、その人の意見に与しないという意思表示ができる。このような人が「反うわさエージェント」だということです。
経済的利益を生むインターカルチュラリティ
最後にトーレス氏は言いました。
もし皆さんの住む街をインターカルチュラル・シティにしたいなら、現状を政治家やメディア、移民などのせいにしないことが大事です。まずは自分から行動を起こしてください。自分から行動を起こしてこそ、政治家やメディアなどを説得できます。インターカルチュラル・シティは非常に複雑な問題ですが、個人の思いこそが、その複雑なものを実現させる上で重要になってくると思います。
インターカルチュラリティは決して反人種差別運動ではありません。多様性を活用することです。社会的許容度が高い場所や開かれた社会は、より多くの人材を惹きつけ、起業家精神を受け入れ、イノベーションやクリエイティブなアイデアがどんどん生まれます。その結果として経済的利益も生まれるのです。
関連リンク
国際交流基金:https://www.jpf.go.jp/