【映画業界から”庭師”へ】羽山晶子さん(イギリス⇔ニュージーランド~日本)

インタビュー&構成:徳橋功
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Akiko Hayama
ガーデナー

写真提供:羽山晶子さん

 

 

 

退路を断って臨んだ海外研修。一時は中止の危機に追い込まるも、あきらめず踏み止まったおかげで、素晴らしい人たちに出会うことができました。

 

 

 

 

 

 

皆さま、今年の夏はいかがだったでしょうか。お盆休みに海外に行かれた方々もいらっしゃるかもしれません。そこで今回は、イギリスとニュージーランドで夏を過ごし、ガーデニング修業に挑んだ羽山晶子さんをご紹介します。

羽山さんとの出会いも夏でした。昨年(2025年)7月、私たちがコラボさせていただいている国際研修団体”インターナショナル・インターンシップ・プログラムス”(以下IIP)の事前説明会をお手伝いした時のことです。海外での教育研修に向かう参加者が大半の中、羽山さんは本場のビジネスや文化を学ぶ”ワーク&カルチャーインターン”というプログラムを志望していました。

当時は未知の世界に踏み出すことへの不安を滲ませていた羽山さん。しかしご帰国の報を受けて約1年ぶりに拝見したその表情には、充実感があふれていました。

全く異なる分野から、全く異なる言語と文化に飛び込んだ羽山さんの、少しの失意と大いなる喜びに彩られた1年をお伝えします。

*インタビュー@オンライン

 

庭づくりを体で学ぶ

昨年8月中旬から約1年間、私はボランティアを含め、イギリスとニュージーランドの3つのガーデンで研修を受けました。いろんな実作業を通じて体に味や調理法を叩き込む料理修業のように、私は庭園の維持管理や剪定、植栽、雑草取りなどに地道に取り組みながらガーデニングを学びました。

8月から11月に研修を受けたウェールズのガーデンは、譬えるなら”絶品料理を提供する家族経営のお店”。RHS(Royal Horticultural Society:英国王立園芸協会。世界最大級の園芸・ガーデニング慈善団体)のパートナーガーデンにもなっている個人経営の庭園で研修を受けました。背後にある丘を借景に、花が咲き乱れる美しい庭で作業をしながら、イギリス国内外から予約で訪れるお客さんとの交流を楽しみました。

Dyffryn Fernant Garden ※クリックで拡大できます
フィッシュガード(ウェールズ)※提供:羽山晶子さん

その後一時帰国し、今年(2026年)2月初旬から4月中旬にかけてニュージーランドへ。現地では夏にあたるその季節、私は南島最大の都市クライストチャーチにある大きな植物園でボランティアとして働きました。ここは譬えるなら”様々な専門家が出店する大規模フードコート”。日本を含め世界中から観光客が訪れるガーデンでの私の担当は、バラ園のバラの手入れや雑草取り。空き時間には市民農園で野菜の収穫を手伝ったりもしました。


Christchurch Botanic Gardens
クライストチャーチ(ニュージーランド)※提供:羽山晶子さん

最後に再び渡英し、4月下旬から7月中旬にかけて、同国第2の都市バーミンガムにある庭園で研修を受けました。そこは国内有数のプライベートガーデンとして名高い、いわば”世界最高峰のシェフがシステムやマニュアルを作り、それに沿ってスタッフが調理し運営するお店”です。

John’s Garden ※クリックで拡大できます
バーミンガム(イングランド)※提供:羽山晶子さん

それぞれ雰囲気も規模も違う場所でしたが、ガーデナーに付いて作業をするという点は一貫していました。異なる環境のもとで学ばせていただく、貴重な経験ができました。

そんな私は渡英前まで、会社員として勤務。しかもガーデニングとはまったく縁のない仕事でした。

 

”実家”が導いたガーデニングの世界

私はそれまで20年以上、映画広告の代理店で働いていました。映画館で流れる企業CMを扱う仕事で、映画を上映する映画興行会社に「このCMを流していただけますか?」と交渉を行う業務を担当。もともと映画が大好きで、ハリウッドだけでなく、インドやヨーロッパなど、世界中の映画に関われることが大きな喜びでした。

一方、私は学生の頃から、お寺の庭園など”和の庭”が好きでした。社会人になり、会社の仲間と上高地や霧ヶ峰などへ山登りに行き始めてから、植物に興味を持つように。しかし膝を痛めて登山を断念せざるを得なくなり、私の視線は再び庭に向き始めたのです。

実家の庭では、父が盆栽をたしなみ、母がバラやブルーベリーなどを育てるうちに、すっかりカオスに(笑)”整った和洋折衷の庭”にしたいと思ったことが、ガーデニングへの始めの一歩となりました。

 

留学かインターンか?

愛する庭を美しく – その思いから、私は約9か月間、週末にガーデニングの専門学校に通いました。植物の基礎知識や世界の庭園の歴史、いろいろな植物や季節の花を一つの鉢やプランターにまとめて植える”寄せ植え”の方法などを学び、庭園での作業への理解が深まりました。庭のデザインや用途などを計画するガーデンプランの作り方や提案の仕方も習得し、庭園を作る側の視点まで持つことができました。

しかし学べば学ぶほど、日本の庭の人工美とは対極にある、自然さを演出するナチュラルメイクのような庭づくりの奥深さを感じ、本場イギリスでガーデニングを追究する道を模索。その過程でIIPさんのプログラムを知りました。

ただ当時は、海外旅行に行っても何も話せず、あいさつすらもおぼつかないほど。日本を出ることに大きな不安がありました。一方でインターン以外にも、就職を見据えたイギリスの園芸関係カレッジへの留学も視野に入れていました。私は語学力の克服と、カレッジ入学のために必須のIELTSスコアの取得を目標に、約1年間オンラインで英語を学びました。

その間にも、IIPさんのプログラム担当である栗林央さんにご相談。栗林さんは立場を越えて、園芸関連のカレッジに入学するために必要な英語レベルについて問い合わせてくださったのです。

しかし希望していた学校が他校に吸収されて留学生を受け入れなくなり、最終的にインターンシップでガーデニングを学ぶことを決めました。

 

足元の文化を徹底的に学ぶ

正式にプログラムへの参加を申し込んだ昨年4月、私はイギリスのみでの研修を考えていました。しかし栗林さんと話し合いを重ね、イギリスとニュージーランドの2か国で研修を進めることに。そして6月末に研修先が決まりました。

出発前、私は都内にある六義園などの日本庭園を見て回りました。西洋のガーデンと比較できるようにするために、まずは自分の足元にある庭園文化を体感しようと思ったのです。一方、IIPさんのOGの方が北海道で開いた”上野ファーム”という、日本のガーデニングの聖地と呼ばれる庭園も見に行きました。

こうして国内でできる限りの準備をした私は、昨年8月、イギリス西部のウェールズへ。海辺の小さな村、フィッシュガードにある”Dyffryn Fernant Garden”という、ご夫婦が運営し、息子さんがヘッドガーデナーを務めるガーデンでの研修が始まりました。

 

侘び寂びを愛する”オタク”たち

ご家族所有でありながら、広さは東京ドームの半分以上。ここで私は、少人数のガーデナーやたくさんのボランティアに交じり、研修を受けました。重い植物を運んだり、冬に向けてガーデンのほとんどの植物をグリーンハウスに移したり、雑草をバーナーで燃やしたりと、ガーデンを維持するためのさまざまな作業を経験。渡英前に専門学校で学んだことが功を奏し、言語の異なるガーデナーと意外にもスムーズに作業することができたのです。

また、高いユーカリの木の枝を切る作業などもありました。「自分が危ないと思ったら、安全だと思う範囲でやってくれ」と言われ、自己管理と自己責任のもとで作業が任されていることを実感しました。

このガーデンでは週に1回”プラント・アイデンティフィケーション”という時間があり、ヘッドガーデナーから植物の名前や原産地、適した環境、特徴などを教えていただきました。私はノートに書き留め、写真を撮り、資料としてまとめ、毎週末ヘッドガーデナーに提出。修正を加えられた資料を見返しながら、自分でさらに詳しく調べ、知識を吸収していきました。

羽山さんが手を加えたことで、ガーデンの地面やユーカリなどの木が見違えるほどきれいに整えられた ※クリックで拡大できます
※提供:羽山晶子さん

イギリスではフラワーショーで扱われているほど、盆栽がとても美しいものとして受け入れられていました。また日本では山や公園などで楽しまれているモミジが、イギリスでは観葉植物のように庭に植えられていることにも驚きました。

そうした美意識が根づくイギリスだからこそ、ガーデナーたちは日本の庭文化に強い関心を示したのでしょう。中には”苔”の素晴らしさについて私に熱弁を奮う人もいたほど。そんな彼らの、他国の文化に敬意を払う姿勢から「イギリスの庭園の歴史をきちんと勉強しておけば、現地で見たものをより深く理解できたのではないか」と、我が身を振り返りました。


ホストファミリーへのお礼レター。diolchはウェールズ語で「ありがとう」の意。
※提供:羽山晶子さん

 

研修中止!?

いったん日本に帰国して新年を迎えた後、現地で夏にあたる今年2月、ニュージーランドへ。街を彩る赤や紫、黄色など、ほぼ原色の花が咲き連なる花壇が目に焼き付きました。一方でその土地固有の”ネイティブプランツ”も大切に守られていました。

そんな美しい花々を楽しみながら、私は新たな研修先である、クライストチャーチ市内の個人庭園へと向かいました。しかし諸事情により、研修2日目にプログラムが中断されることになったのです。

予期せぬ事態に、私は真っ青になりました。次のイギリスでの研修先が決まるまで、日本で待機するか、ニュージーランド国内を観光をしながら時を過ごすか・・・

でもこのまま何もせずに終わりたくなかった。そこで図書館に通い、PCをたたいてはガーデニングのボランティア活動を探しました。そして市内にある”Christchurch Botanic Gardens”という大規模な植物園での週1~2回のお手伝いがヒット。「これだ!」と、私は喜び勇んで参加しました。

 

こんなところに日本人!

その植物園は、バラ園だけでもモダンローズとヘリテージローズの2種類があるほど大きく、その他の各セクションにもヘッドガーデナーがいました。私は2つのバラ園の両方で、夏に咲き終わった花を摘む”デッドヘッディング”という作業を中心に従事。空き時間に無料のガーデンツアーに参加させていただき、その歴史や植物の由来を聞いて勉強しました。

モダンローズガーデンのヘッドガーデナーは、何と日本人女性。そのためバラの管理方法や年間の管理スケジュールなどを、日本語で詳しく教えていただくことができました。

空き時間には、同じく図書館で見つけた市民農園でのボランティアにも従事。いろいろな背景を持つ人たちと野菜の収穫や植え付け、雑草取りなどをしました。ガーデニングとは直接関係ないですが、とにかく土に触れていたかったのです。

収穫した野菜は地域の人々に格安で販売。しかも各自の経済状態に合わせて購入額を選べるサブスクのシステムまであったのです。作業した私たちにも、ささやかな報酬として野菜を分けていただきました。分かち合いを大事にするマオリの精神に影響を受けて生まれたその活動に、私はどっぷり浸かっていきました。

 

天才庭師の実験場

そして迎えた春、私は再び渡英。首都ロンドンから200キロ北西、バーミンガムへ向かいました。

最後の研修地である”John’s Garden”。規模が大きく、花や苗木の生産・販売をするナーセリーも併設されていました。週1回、土曜日だけ一般公開し、苗の販売で収入を得る代わりに、入場料はすべてチャリティに回していました。

小規模とはいえシステマチックに管理がされており、水やりはスプリンクラーなどの機械を使用。ボランティア向けのマニュアルもあり、腰を傷めない荷物の運び方や、緊急時の避難場所まで細かく書かれていたことに驚きました。

でも驚きはこれで終わりません。オーナーのJohn Masseyさんは、イギリスを代表する園芸家であり、イギリス園芸界の最重要人物の一人だったのです。

RHS(英国王立園芸協会)の最高栄誉であるVMH(Victoria Medal of Honour)を受賞。RHS Gold Medalを数多く獲得したAshwood Nurseriesを作り上げました。さらに園芸だけでなくチャリティへの貢献も評価され、大英帝国勲章(Member of the British Empire, MBE)を受章。ヘパティカ(雪割草)やヘレボルスの世界的権威と謳われ、RHSの植物トライアル(植物の様々な品種を育て、各品種を専門家が比較・評価する実地試験)で審査員を務めています。

そんなジョンさんが作り上げたガーデンには、彼の理想が反映されていました。「庭づくりに完成はない」という彼の哲学のもと、実際に毎年新しい植物を並べたり、逆に植物の種類を減らしたりと、ガーデンを常に変化させていました。また彼は、自らのガーデンでも植物トライアルを実施。私の研修期間には、菊のあらゆる品種を一度に育て、どれがうまく育つか実験していました。

まるで雲上人のようなガーデンオーナーや、彼を支える多くのガーデナーのもと、私は苗を鉢に植える作業を担いました。トレイに新芽を挿し木し、約一か月後にその成長をチェック。発根した新芽だけを苗として鉢に植えるというものです。その苗はナーセリーで販売されるため、ひと鉢をひっくり返してしまった時には、他のガーデナーから「これは5ポンドなんだから」と・・・。地道な作業にも大きな価値があることを実感しました。

ガーデナーたちは植物に大変詳しく、その知識量はGoogle以上。私は彼らにできるだけ質問をして、生きた知識を吸収しました。休憩時間に見せてもらった彼らのご自宅のお庭の写真からも、植物への愛情や情熱が伝わってきました。


ニュージーランドの植物園で学んだデッドヘッディング技術を活かし、ガーデン内の咲き終わった花を摘む。


新しい土への植え替えも担当。株を優しく引き抜き、根を整えたり、根や根の隙間までしっかり土が行き渡るよう植え付ける技術が試される。
※写真提供:羽山晶子さん

 

ついに私もガーデナー!

この研修の集大成として挑戦したのが、先ほど言った”挿し木”でした。親株から新芽を切り取り、土に挿して発根させ、新しい株を増やしていく園芸技術です。私が行ったのは、ガーデナーさんが庭園から切ってきた枝から挿し木に適した新芽を選び、土に挿していく作業。1トレイに12本ずつ挿し、それを5トレイ、1回につき計60本作ります。1日に5品種ほどの菊やダリアで行いました。

枝を切って土に挿すだけという、簡単な作業に聞こえるかもしれません。しかし、どの新芽を選ぶか、どの部分をどのように挿すかなど、発根させるためのコツが必要です。

地道な作業に取り組む私に、来園したお客さんが優しく声をかけました。私のことも”この美しいガーデンを作り上げている人”として見てくれたのでしょう。私は自然と、自分の任務に誇りを持てるようになりました。他のガーデナーが、私の知らないところでお客さんに「このガーデンには日本人もいますよ」と伝えてくれたのか、ある時「Konnichiwa!(こんにちは)」とご挨拶されました(笑)

ある日、菊のある品種の挿し木で”発根率100%”を達成しました。それをヘッドガーデナーが高く評価し、定期的に挿し木の作業を任せていただけるようになったのです。自分が身に着けた技術や、その成果が認められたように感じて、とても嬉しく思いました。


羽山さんが手がけた菊の挿し木
※写真提供:羽山晶子さん

そしてある日行われた、ご来園のお客さんへのガーデンツアー。ガイドを務めるガーデナーが、お客さんに他のガーデナーたちを紹介するとき、私の名前も呼んだのです。

世界トップのガーデナーの弟子たちから、一人前として認められた – 私は湧き上がる喜びを嚙み締めました。一時は研修先を失いましたが、そこであきらめずに必死に踏ん張った甲斐がありました。言葉がおぼつかない私に辛抱強く教えてくれ、天候に合わせて仕事のメニューを考えてくれる、そんな素晴らしい人たちに出会えたおかげで、私は人としても、ガーデナーとしても成長できたと思います。

 

”実家”が導く世界への道

研修を終えた今、私は個人邸や公共施設の植栽をする造園業に就くことを目指し就職活動中です。前職で培った資料作成のスキルを活かし、ウェールズとバーミンガムで従事したガーデンの地図を作りました。これも実績に掲げて”資料も作れるガーデナー”のような存在になれたらと考えています。

羽山さんが作ったイギリス2ガーデンのマップ ※クリックで拡大できます
※提供:羽山晶子さん

その先にある夢は”世界で活躍するガーデナー”。伝統的な日本庭園にも、近代の和洋折衷の庭にも魅力があります。それらの背景に流れる歴史や文化を世界に伝えて海外の人たちと共に仕事をする。一方で日本では、数百年前の建物が立ち並ぶイギリスで学び吸収した庭園や住宅の知識を組み合わせて「この家にはこのような庭が合いますよ」と提案する –

もう一つの力作!イギリス住宅の歴史資料 ※クリックで拡大できます
※提供:羽山晶子さん

そんなガーデナーを、私は目指します。その第一歩として、まずは実家の庭の手入れをしてみようと思います!

 

退職した我が選択に悔いなし

私は「海外に行きたい!」と思ってから実際に行くまで約2年かかりました。会社の事情により休職という手段が選べず、もし海外に行くのなら退職せざるを得ない。しかも留学という道が断たれ、残るはインターンのみ・・・

20年以上働いた会社。もちろん辞めることに躊躇が無かったわけではありません。でも社長が私の決断をすごく喜んで「応援するよ」と背中を押してくれたのです。

こうして私は、一歩を踏み出しました。素晴らしい人たちに出会い、たくさんのことを学ばせていただきました。そんな私の選択に悔いはありません。100%以上満足しています。

実際に、私の周りの人たちから言われました。「私もあなたのように、本当は海外に行きたかった」「本当に日本を飛び出したあなたはすごい」と。しかし私自身、仕事や収入など多くのものを守ろうとしていたからこそ、決断まで時間がかかったわけです。でも「お金が無くなっても、健康でいさえすれば、どんな仕事でもして稼げばいい」と思い、吹っ切れたのです。


ウェールズのガーデンを運営する、ご夫婦兼ホストファミリーとともに
※写真提供:羽山晶子さん

 

その選択をした自分を信じる。そして一度決めたら揺るがない。そうすることで、私は「何をすれば良いのか」が見えてきたのだと思います。

 

羽山さん関連リンク

インターナショナル・インターンシップ・プログラムス(IIP):internship.or.jp/

 

My Eyes Tokyo

Interviews with international people featured on our radio show on ChuoFM 84.0 & website. Useful information for everyday life in Tokyo. 外国人にとって役立つ情報の提供&外国人とのインタビュー