フレデリック・L・ショット氏 国際交流基金賞 受賞記念講演会「Cultural Surfing -IT、歴史、アニメ・漫画、ポップカルチャー、異文化交流の波に乗って生きる。-」

取材&構成:徳橋功
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学術、芸術その他の文化活動を通じて、国際相互理解の増進や国際友好親善の促進に、長年にわたり特に顕著な貢献があり、引き続き活動が期待される個人または団体を顕彰する「」。45回目を迎えた今年は、アレクサンドラ・モンロー氏()、フレデリック・L・ショット氏()、アンドレイ・べケシュ氏(スロベニア)が受賞しました。その中からすでに、ソロモン・R・グッゲンハイム美術館にてアジア美術上級キュレーターおよびグローバル美術上級アドバイザーを務めるアレクサンドラ・モンロー氏の講演のもようをお伝えしました。
今回のレポートでは、手塚治虫、池田理代子、松本零士、士郎正宗など、多くの日本の漫画家の作品を翻訳し、世界中に紹介してきた作家・翻訳家・通訳者のフレデリック・L・ショット氏による講演「Cultural Surfing -IT、歴史、アニメ・漫画、ポップカルチャー、異文化交流の波に乗って生きる。-」のもようをお送りします。


講演@日本記者クラブ

 

ショット氏の講演は、海外コミックの翻訳者である椎名ゆかり氏(上の写真 左)のモデレーションにより、随所にジョークを交えた和やかな雰囲気で進んでいきました。

 

漫画との出会い

米ワシントンDC出身のショット氏は、父親の仕事の関係で幼少の頃から海外で生活。15歳の頃に初来日し、その5年後に国際基督教大学(ICU)に留学生として入学しました。その頃、このような漫画を読んで日本語を学んでいったと言います。

「赤塚不二夫さんの『天才バカボン』が大好きでした。ダジャレが分からなくても、絵だけで楽しめたから、すごくファンになってしまったんです」

赤塚については、同じく今年の国際交流基金賞受賞者であるアンドレイ・べケシュ氏もファンとのことで、それを聞いたショット氏は「あの人はいい人だ!」と思ったそう(笑)大学時代の最初の頃は学生寮で生活、その後四畳半のアパートに引っ越した頃、ショット氏は『男おいどん』を初めとする松本零士の“四畳半シリーズ”に惹かれていきました。

 

翻訳の道へ

1977年、ICU時代の友人たちと漫画翻訳専門グループ“駄駄会”を結成。

「当時日本の漫画は“マイナー”どころか、全く海外に知られていませんでした。私たちは、素晴らしいカルチャーや現象である漫画を世界に紹介したいと思いました」

その後ボランティア団体“プロジェクト・ゲン”の活動に翻訳者として参加し『はだしのゲン』(”BAREFOOT GEN”)第2巻を翻訳。その後、短編『おれは見た』(”I SAW IT”)のアメリカ版制作を担当しました。

“I SAW IT”(右)は、アメリカンコミックと同じく左開きの作りになっている。

 

手塚治虫とともに

最初の出会いは、ショット氏が手塚の『火の鳥』の翻訳を打診するために手塚プロダクションの門を叩いたのがきっかけ。実際に翻訳を手がけるも、世に出たのはそれから20年以上が過ぎた2002年のことでした。
(*参考:をちこちMagazine『アメリカに日本のマンガ文化を紹介し、作品の魅力を伝えて40年』

この出来事を経て、2人は急速に仲を深めていきました。

右のスライドにあるサイン会の時、ショット氏の著書である”Manga! Manga! The World of Japanese Comics”に氏と手塚からサインをいただいたという人が、今年(2017年)2月に国際交流基金で行われたショット氏の講演会に、その本を持参。約35年ぶりの再会となりました。

「その人は、私のサインではなく手塚先生のサインが欲しかったと思いますが(笑)先生は私の著書のために丸善で一緒にサイン会を開いてくれました。店内から店外まで長蛇の列になりましたが、もちろんそれは手塚先生のサインを欲しがる人たちでした(笑)1日でこんなに本を販売したのは、これが最初で最後です(笑)」

ショット氏の手塚への愛は、朝日新聞社が1992年に発行した『手塚治虫物語』の英訳版 “The Osamu Tezuka Story”の出版へとつながりました。これに対し国際交流基金は出版助成金を出資する形で関わりました。

また翻訳・出版だけでなく、アメリカの漫画家の日本への招聘事業も手塚プロダクションと共同で実施しました。

 

漫画以外の翻訳へ進出

やがてショット氏は、小説やエッセイの翻訳も手がけるようになりました。

「正確に訳すために、作者が書くテーマや、文中で触れている場所を自分も確認する必要があると思い、私も日本中を回りました。それがすごく楽しかったです」

「小説版”MOBILE SUIT GUNDAM”は、元々はデル・レイ社というアメリカの出版社から出され、実際に7万5千部も売れていました。それにもかかわらず、同じくデル・レイ社から出版された『スター・ウォーズ』の小説版と比較され、売れ行きが良くないと判断されて長年絶版になっていました。しかしカリフォルニアの出版社であるストーン・ブリッジ社が権利を取得し、私が翻訳を手がけて再び出版されました」

さらには椎名誠や清水義範といったエッセイストや小説家の作品の翻訳も。

「訳すのは本当に大変でした。一番大変だったのは、清水さんの『永遠のジャック&ベティ』の中で飛び交う名古屋弁でしたね(笑)」

 

世界に広げるための闘い

ショット氏のこれまでの足跡を辿った後、先述の”Manga! Manga! The World of Japanese Comics”を出版した経緯を語りました。

「当時、日本の素晴らしい作品をいくら英語に翻訳しても、アメリカの出版社は興味を持ってくれませんでした。個別の作品の翻訳・紹介はまだ時期尚早ではないかと考えた私は、日本のマンガを社会現象としてアメリカに紹介したほうが良いのではないかと推測し、この本を執筆しました」

氏の言った“時期尚早”という言葉を裏付ける資料として、モデレーターの椎名氏が“日本マンガの北米での売上高”を示すグラフを映しました。

“Manga! Manga!”が出版された1980年代初頭は、全くと言って良いほど日本の漫画が北米では売れていなかったことが分かります。このような状況にもかかわらず、ショット氏は日本のあらゆる漫画作品の翻訳や紹介を地道に続けていったのです。

ショット氏による日本の漫画現象の研究は、日本漫画が北米に受け入れられ始めた後も続きました。

「私にとっては『鉄腕アトム』を翻訳させていただいたことが一番記憶に残っています。1950〜60年代に、10歳の少年について描かれた作品を、大人になってから読み返すと、手塚先生がいかに天才であったかがよく分かります。人種差別だけでなく人権問題、人工知能、自爆テロのことなどを、子供が対象の作品に盛り込んでいる。それを大人の視点で見るととても面白いです」

 

日米文化交流史の独自研究①コミックを生んだ明治日系移民

講演はいよいよ後半へ。日本漫画の源を探るべく、ヘンリー木山義喬(きやま よしたか)という一人の日本人を紹介しました。

1980年頃、ショット氏がアメリカで日本漫画に関する文献を調べていた時、木山が現地で出版したコミック『漫画四人書生』を発見。1931年にサンフランシスコで出版されたその本の翻訳に着手しました。

「驚くべきことは、アメリカでコミックブックが生まれる前に書かれた本だということです。しかも日本ではなく、アメリカで出版されていたのです」

当時の日系移民の生活が描かれている作品で、セリフは明治時代の日本語に加え、英語がかなり混ざっていました。

2008年と2012年には『漫画四人書生』のオリジナル復刻版が出版されました。2012年の文生書院版には、ショット氏があとがきを添えています。

そして今年(2017年)、アメリカでミュージカル化されるまでになったのです!

 

日米文化交流史の独自研究②武士と先住民とサーカス団

他にもショット氏が行った、アメリカ人冒険家のラナルド・マクドナルドと、幕末の日本人武士・森山栄之助との交流の研究についても語られました。マクドナルドはヨーロッパ系と先住民との混血だったため、その研究成果は” Native American in the Land of the Shogun: Ranald MacDonald and the Opening of Japan”というタイトルの本に収められました。

「日本が鎖国だった当時、アメリカの捕鯨船の乗組員の間では“もし何らかの事情で日本の土地を踏まなければならない事態になったら、首をはねられるかもしれない”とまで思われていました。そんな時代にマクドナルドは、自分から進んで日本行きを志願した。僕にとって彼はヒーローなんです」

 

そして最後、日本の曲芸師をまとめサーカス団を結成したアメリカ人興行師についての、ショット氏による研究内容を掲載した“Professor Risley and the Imperial Japanese Troupe: How an American Acrobat Introduced Circus to Japan–and Japan to the West”を紹介しました。

当時の曲芸師たちのパフォーマンスは、村上もとかの『JIN – 仁』にも描かれました。

その後、質疑応答を経て会は幕を閉じました。

 

関連リンク

国際交流基金賞:https://www.jpf.go.jp/j/about/award/
https://www.jpf.go.jp/  

 

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