施 素芳さん(台湾)
インタビュー&構成:徳橋功
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Sohon Se
台湾中華料理@新大塚(’97年より日本在住)
私の作ったものをおいしそうに食べてくれている生徒さんを見ると、私の子どもたちみたいに思えてきます。
外国人のご自宅で各国の家庭料理が学べる”Niki’s Kitchen“と、東京や日本で活躍する外国人とのインタビューを集めたサイト”My Eyes Tokyo”のコラボコーナー「MET×Niki’s Kitchen」。世界中からやってきたNiki’s Kitchenの先生方とのインタビューをお送りします。
今回はお2人目、台湾出身の施素芳(せ・そほん)さんです。文京区内の閑静な住宅街にあるご自宅で、毎月3〜4回”台湾中華料理”のクラスを開いています。素芳さんはNiki’s Kitchenの中でもとっても人気が高い先生で、募集開始と同時に予約がいっぱいになるほど。素芳さんご自身は「食文化が日本に近いし、ご自宅ですぐに再現できるから、人気なんでしょうね」と冷静に分析されていますが、上の写真のような素敵な笑顔と、明るくてユーモアたっぷりのキャラクターに惹かれて、生徒さんが集まってくるのだと私は思いました。
お話をお聞きしていた間、ずっと幸せそうな笑顔を満面に浮かべていた素芳さん。このインタビューを「今までお世話になった日本や台湾の人たちに恩返しするチャンス」として受けて下さいました。 さあ、私の責任は重大です・・・素芳さんの思いが、皆様にきちんと伝わるでしょうか?
*インタビュー@Afternoon Tea(後楽園)
*Niki’s Kitchen ホームページ:こちらから
*英語版はこちらから!
少女時代、料理経験ゼロ
私の元々の仕事はファッションデザイナーです。日本でも4〜5年「ヴォーグ学園」というところに通って、手編みの師範の資格を取りました。その私が料理と縁ができたのは、私が通っていた女子高の家庭科の授業の時です。
ある年、高校の料理コンクールで私が優勝しました。それで高校3年生の時に、料理の成績優秀者ベスト5に選ばれました。もし私が、その中で1位か2位になったら、栄養や食品関係の大学に推薦されることになっていました。学校の大きなアイランドキッチンを、一人につき一つずつ割り当てられて、ほとんど毎日先生から与えられた課題をこなしていました。2〜3品作ってはそれを先生に売り、得たお金で材料費を取り戻していました。
その他にも、勉強の一環でいろんなレストランに行きました。でも、行っても手取り足取り教えてくれるわけではなく、ただコックさんが料理するところを見ているだけ。しかも週末だったから、本当は行きたくなかったんです(笑)
それ以前は、私はほとんど自分で料理をしたことがありませんでした。興味はあったんですよ。でも、包丁を持ったことはほとんどなくて、母が料理していたのを私がそばで見ていました。ただ見ていただけではなく「これからこの材料を入れるんだ」「この調味料を使って味付けするんだ」といろいろ予測しながらね。あと、母と一緒に市場へ買い物に行くのも好きでした。そういう経験が、高校で花開いたんだと思いますが、逆に言えばあの高校に行かなかったら、料理が好きだということに一生気がつかなかったかもしれません。結局、大学への推薦は得られなかったんですけどね(笑)
ウェルカムドリンクは、温かい台湾産凍頂烏龍茶。
料理教室(2010年12月11日)
多彩な台湾料理
私のひいおじいさんは、中国本土・福建省から台湾に渡ってきました。戦前に台湾に渡ったので、私たちは「本省人」と呼ばれています。一方で戦後に蒋介石と一緒に台湾に渡ってきた人たちのことを「外省人」といいます。 だから私の料理のルーツは福建省ですが、その後台湾には中国本土の至る所から、様々な種類の中華料理が持ち込まれました。つまり、本省人が台湾に来る前は、台湾に中華料理はほとんど存在しなかったと言ってもいいかもしれません。台湾に本格的に中華料理が広がったのは、実は最近の話なんです。
そんなわけで、台湾の料理は実に多彩で、地方によって違います。例えば台北と、私の出身地の彰化とでは、料理は違ってきます。私のクラスではそういう様々な”台湾中華料理”をご紹介するとともに、お祭りで食べるもの、お母さんの自慢料理、粽(ちまき)や月餅など台湾の年中行事で供される食べ物を、それらの背景にある歴史と一緒に教えています。
でも今、台湾では私くらいの世代の人は料理をあまり作らないと思います。それは台湾には屋台がたくさんあって、みんな料理をテイクアウトするからです。種類がたくさんある上に、値段も安い。例えば温かいお弁当が日本円で150円くらいで売っていて、それでお腹いっぱいになります。しかも、宅配サービスも充実しています。だから、わざわざ家事をする必要がないんです。
*「台湾中華料理」については、こちらの記事もどうぞ。
灯台下暗し
確かに日本は台湾から近いけど、もし主人が日本に転勤していなかったら、私は日本に来なかったかもしれません。主人も私と同じ台湾出身で、台湾系企業に勤めていました。だけど彼の日本への転勤が決まった’95年当時、私はアメリカにいました。「何で日本に転勤?アメリカに来ればいいじゃない」って思ったくらいです。
彼の家族はいわゆる「哈日族(ハーリーズー)」つまり日本が大好きな人たちです。親日的な人は若者だけでなく、ご年配層にも多いです。それは、台湾がかつて日本の植民地で、その頃の台湾人の日本に対する印象が良かったからで、主人の家族も例外ではありませんでした。
一方で、私の家系はどちらかというとアメリカに興味がありました。実際に私の親戚の中にはアメリカで長年暮らしている人たちがいます。それもあって’95年はアメリカにいました。だから日本のことは全然知らなかったんです。
彼の転勤が決まってから、日本ってどんなところだろうと思って、一度だけ2人で東京に遊びに来ました。ちょうど梅雨のシーズンで、台湾より涼しかったことを覚えています。ほんの下見程度のつもりだったんですけど、私は日本に一目惚れしました。とにかく街がきれいで人も優しくて、すごく快適でした。どちらかと言うと物理的にも文化的にも遠い欧米に興味を持っていましたが、「こんなに近いところに、こんなに素晴らしい国があるんだ!」って思ったんです。
日本で、生まれ変わった
せっかくその国に行っても、もし言葉を覚えなければ、何年住んでいても”旅人”に過ぎません。私は日本に来て最初の1年間は、言葉が全く出来ませんでした。勉強もしませんでした。テレビを見ても何も分かりませんでした。だからその当時の私は”旅人”でした。一方で私の主人は、台湾でも日本語を学んでいたし、かつて日系商社にも勤めていましたから、日本語は来日当初から全然問題ありませんでした。
私は日本語の勉強を’98年に、つまり来日の翌年に始めました。まずは近くの大学の日本語センターに通い、「あいうえお」から勉強しました。漢字についても、中国語とは使い方や意味が違うことが多々あったので、中国語での漢字の知識を一旦脇に置いておかないといけませんでした。だから、今でも辞書が欠かせません。
勉強するうちに、テレビのニュースの内容がだんだん分かってきて、日本語を覚えるのが楽しくなりました。ゼロの状態で日本に来た私は、もう一度新しい自分に生まれ変わった気がしたんです。
料理教室では、簡単な中国語も教えてくれます。
お寿司は台湾のもの?
日本に来てから、台湾でやっていたことの意味を知ったことがいくつかありました。例えば台湾の実家では、私が子どものころ、遠足などのイベントの時にお母さんが巻き寿司を作ってくれたんです。でももし私が日本に来ていなかったら、今でも巻き寿司は台湾のものだと思っていたでしょうね。
あと、台湾のお正月(旧正月。2011年は2月3日が元旦)では、日本と同じように「年越しそば」を食べます。ただし、日本のお蕎麦ではなく、焼きそばなんですけどね。それに旧正月の元旦の朝は、家族でそうめんをいただきます。そのそうめんは、日本のとは少しタイプが違います。この習慣は、中国本土にはありません。やはり、台湾がかつて日本の植民地だった頃の影響でしょう。
台湾には、日本の食文化の影響が色濃く残っています。子どもたちが学校に持っていくお弁当の中には普通にたくあんが入っていますし、私の父の大好物は奈良漬けです。そして、それぞれの家にはそれぞれのお味噌汁があるんです。
*台湾のおせち料理については、こちらの記事もどうぞ。
生徒から始まったNiki’s
私がNiki’s Kicthenで料理を教え始めたのは、2008年です。その前は、実は私はNiki’s の生徒でした。クラスを開く前年、2007年頃に、ニュージーランド料理のクラスに参加しました。一度主人とニュージーランドに行って、かわいい羊たちや大自然と触れ合って「定年後はニュージーランドに移住したいね」って言い合ったくらいですから。ただ、予約がなかなか取れないこともあって、数回しか習っていなかったんですけどね。
ある日、Nikiさん(Niki’s Kitchen代表の棚瀬尚子さん)からメールが来ました。「台湾料理の先生を探しています。もしお知り合いでふさわしい方がいれば、紹介していただけますか」と。でも日本には台湾人の友達や知り合いは少なかったですから、しばらくそのメールにお返事を出せないでいました。そのうち「だったら私がやってみようかな」と思い始めました。それで、Niki’sでクラスを開いたんです。
素芳さんの動きひとつひとつを、生徒さんが一生懸命追っていきます。
「食」はあらゆる壁を越える
クラスを開いてからは、今までとは違う側面から台湾を見るようになりました。外国の方から見た台湾を知ることができたんです。だからNiki’sでは私が教えるだけでなく、生徒さんからもたくさん吸収しています。私と生徒さんとの間で、本当に良い循環が生まれていると思います。
私のもうひとつの仕事である編み物についても、例えば北欧で編み物関係の会議に参加した時、世界中から人が集まっていろんな言葉で話し合ったとしても、編み物という共通言語があるから理解できます。それと同じように、Niki’sでは料理や食べ物が共通言語だから、それを介してお互いを知ることができるんです。
私が日本に来た当時は、台湾と似ていることと、台湾とは違うことを、半々くらいの割合で感じていました。でもNiki’sでお料理を教えるようになってからは、共通点の方を強く感じるようになりました。 共通点があるからこそ、言葉の壁を越えることができる。そうなると、白人であれ黒人であれアジア系であれ、近しい存在に思えてきて、悩み事は自分と彼らとでそんなに違うものではないんじゃないか、と考えられるようになります。だって、悩みの程度は違いこそすれ、地球上で自分一人だけが抱えている悩みなんて無いですよね。そう考えれば、悩みなんて存在しないんだって思えるようになるんです。
私は今まで25カ国を旅してきました。旅をすれば、悩みは無くなります。それは、物事を一つの方向からだけでなく、いろんな方向から見るようになるからです。そういう意味では、いろんな国から来たNiki’s の先生の考えに触れることが、皆さんにとって一種の「旅」のようなものかもしれませんね。
この日作った料理の数々、名付けて「西の横綱 清燉(チントゥン)牛肉麺/超簡単ラー油 with 野菜」。
*それぞれの料理の詳細についてはこちらを参照。
日本の本当の姿を伝えたい
これからも私の生活の拠点は日本でしょう。今では、台湾に「帰る」ではなく「行く」という感覚になっています。そして海外から東京には「帰ってくる」という感じです。東京に帰ってきたら、台湾出身の私ですが、ラーメン屋さんに行って日本のラーメンを食べたくなるんです(笑)
私は日本にいて、日本語が出来て本当に良かったと思っています。私のルーツはアジアだから、英語じゃない、アジアの言葉を話せる方が私にとっては良いんです。だから台湾にいる私の妹や甥にも、ぜひ日本語を勉強してほしいですね。今の時代、日本人は中国語を勉強し、台湾人など中華圏の人たちは日本語を勉強して、お互いに分かり合えるようになれば、絶対に良い関係が築けると思います。
これからは、いろいろな日本食を台湾に紹介したいと思っています。台湾人が日本食と聞いて連想するのは、やはり今でもお寿司やお刺身です。家庭料理はあまり知られていません。でも実際は、家庭料理の中にこそおいしくてヘルシーなものがたくさんあります。それらを台湾人に伝えることで、もっと日本の本当の姿を知ってほしいです。こういうことは、日本に住んでいる台湾人、つまり両方の文化を知っている人に課せられた使命のようなものだと思います。
台湾との距離が近いことは本当にラッキーです。だから、将来的に日本と台湾を行き来する生活ができれば理想ですね。
誰もが大絶賛!素芳さん特製の”杏仁豆腐奶酪”。ぜひ試してほしい逸品です。
*作り方はこちら。
素芳さんにとって、Niki’s Kitchenって何ですか?
「国境を越えた家族」が生まれる場所です。
私のクラスに来る人は日本人がほとんど。つまり私も生徒さんも、キッチンをはさんで異文化と向き合います。でも「食」という共通点があるから、家族みたいになれるんです。
私がお料理作りを実演して、生徒さんに「さあ、熱いうちに早く食べよう!」って言ってキッチンから皆さんが私の作ったものをおいしそうに食べてくれているのを見ると、皆さんが私の子どもたちみたいに思えてきます。
クラスでは、私が生徒さんに日本のお料理を教えてもらうこともあります。同じ食材だったら日本だったらこの料理でこういうふうに使うよ、みたいに。それに、私から料理を習った生徒さんが次にクラスに来てくれた時に「この前教えてもらったメニューを、こんなふうにアレンジしてみたよ」って写真を見せてくれることもあります。日本と台湾の食文化が仲良く組み合わさっているのを見て、私はすっごく嬉しくなります。
そうやって私は「家族」たちと、お互いの食文化をシェアしています。Niki’s Kitchenは、そういう機会を私に与えてくれるんです。
素芳さん関連リンク
Niki’s Kitchen 素芳さん紹介ページ:Click!
素芳さんのブログ:http://sohon.exblog.jp/
ラジオ『My Eyes Tokyo』素芳さんゲストの回(2010年12月18日・25日放送)
番組ブログ:12/18放送分 12/25放送分