小川和也さん&ピンク・スバル Part2

インタビュー&構成:徳橋功
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Kazuya Ogawa & Pink Subaru
映画監督

震災後の仙台で、若者が合コンをやっている。どんな場所にも日常はあるんです。

 

「Big Generators」と題したスペシャルインタビューをお送りしています。
イスラエルとパレスチナを舞台に描かれたコメディー映画『ピンク・スバル』を制作した若き映像作家、小川和也さん。インタビュー第2部は、小川さんやスタッフが見た中東の素顔についてお伝えします。

*インタビュー@表参道 (by 徳橋功 & 並木麻衣
*『ピンク・スバル』公式サイト: こちら
*英語版はこちらから!  

 

 

Part1からの続き)

最初にパレスチナに入ったのはいつ頃ですか?

フセインが処刑された年なので、2007年です。それで僕が来たことで人が集まったのを見て、僕が子供の頃を思い出しました。あの頃は正月に、家に親戚が今よりも集まっていました。その頃を思い出したんです。

それと同時に、街を歩いていたらスバルがすごく多かった。「お、日本人だらけだな」と。僕は映画でレガシィを美しい女性に仕立てたように、すぐに車を擬人化してしまうんですが(笑)その2つが重なって、この映画のアイデアが生まれました。スバル車が多い理由が車泥棒の存在ですし、結局そのバックグラウンドには政治的な事があると思いましたし・・・(*詳しくはこちらをご覧下さい)それらの話を軸にして、僕が初めてパレスチナに足を踏み入れた時に感じた懐かしさのようなもの、日本人でも感じられる懐かしさみたいなものを映画に反映したいと思ったんです。

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写真右奥:小川和也監督 写真左奥:田中啓介プロデューサー
撮影:並木麻衣

 

僕自身は本当にこの映画に対する予備知識が無くて、アップリンクのシートに座るまで、僕はこの映画がドキュメンタリーだと思っていたんです。だから「きっと政治的な話なんだろうな」と思ったら・・・全然違うし、しかもドキュメンタリーじゃなくてフィクションだったのも新鮮でした。その辺は、小川監督は敢えてそうしたんですか?

そうです。ドキュメンタリーの要素を取り入れようかとも考えましたが、車泥棒の話をドキュメンタリーにしてしまうと、すごく彼らに迷惑がかかります。

それに、僕が現地で感じた「懐かしさ」とスバルの話を組み合わせようと思った時にすぐに決めたことが「政治と戦争の話は一切しない」ということだったんです。それを現地の人に話すと、みんな喜んでくれました。

例えばドキュメンタリーで、ユダヤ人の子供とパレスチナ人の子供がサッカーをしている映像はよく流れます。今の日本に置き換えると、被災地の人々がみんな笑っている映像を流すのと同じで、そういうのは僕にとってはワザとらしく映ってしまうのです。”絆が大事!”っていうのは分かるけど、そればかり言われると、何か違和感を感じてしまいます。

 

すごく分かります。

今日も駅の放送で「頑張れニッポン、雨なので気をつけてください」って(笑)「わざわざ言わなくていいじゃん!」って思うんですよね。そういうものに近づいちゃうのもイヤだったので、戦争の話をしないと同時に平和の話もしないと決めたんです。

 

それでも僕はこの映画で感じました。「パレスチナにも、普通の日常が流れているんだな」と。

よくよく考えると、どんな場所にも日常はあるんですよね。例えば日本のあるメディアが、震災で子供が亡くなって、親が子供の死亡届を役所に出しに行くシーンを流していましたが、あれって人が想像できる範囲のものなんです。想像できる範囲の悲しみをそのまま流しても、悲しいだけで終わってしまう。

だけど震災や他のニュースでも、たまに想像し得ない非日常がポンと出てくる時があるじゃないですか。それによってその事件の本質が見えてきたり、自分がそれに対してすべきことが見えてきたりすることがある。そういう意味で、想像し得ないことでも実際に目の当たりにすれば、意外とすんなり受け入れられるものかもしれません。

海外の人々の中には、今この日本に笑っている人がいることを全く知らない人だっていると思うんです。でも実際は笑っている人はいっぱいいるじゃないですか。「非日常の中の日常」っていうのは、どこにでも存在するんです。

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<並木> 私もそんな「非日常の中の日常」を見たいと思った一人です。私は東京外国語大学のアラビア語学科卒業ですが、アラビア語を専攻した理由は、ニュースによって「=戦争」というイメージが植えつけられそうになっていた中で、そこに実際に住む人々がお茶を飲んだり結婚式を挙げたりしている風景もきっとあるはずだって思ったからです。それを確かめに行くには、現地の言葉を勉強するしかないんだと思ってアラビア語を勉強し始めました。

<田中P> 例えばガザ地区から飛んでくるミサイルに当たる確率は、交通事故よりも低いとイスラエルでは言われていますが、日本では当然知られていませんよね。同じように、海外の人にとっては今の日本は”原発事故で放射能漏れの危険性がある”とだけ報じられているから、誰も日本に来たがらない。でも実際は、仙台にこの前行きましたが、若者は合コンやっているんです。でもそういうのは報道されません。
だから僕たちは、紛争が実際にパレスチナで起きていることのうちの10%しか占めていないとしたら、残り90%の、誰も語ろうとしない事実を表現したいと思ったんです。

 

<徳橋>その90%が、日本で言えば”仙台での合コン”ですよね。でもその部分は、メディアは決して語ろうとしませんね。
<並木> 現地に旅行で初めて行ったとき、結構ナンパされました。それは日本人だけでなく、外国人の女性が人気だったんです。同じイスラム同士だと、デートするだけでも大変ですから。 2006年初めにパレスチナのジェリコ(エリコ)で爆撃があって、刑務所が壊されました。そこにたまたま行ったら現地の人が案内してくれて、その時にやたらと悲しい出来事を話すんですよね。

<田中P> それはナンパの口実です(爆笑)

 

<並木>「とりあえず心をつかんでおこう」みたいな感じなんでしょうね。一通り説明されて、現場の写真も撮った後に「ところでこの後空いてないか?」みたいな(笑)でもそういう彼らの人間臭さを感じたからこそ、私はパレスチナに留学に行ったんです。「あ、この人たち、普通だ!」って(笑)

イスラエル国籍のアラブ人の男の子は、テルアビブでユダヤ人の女の子を誘ったりしているんです。「オレたちアラブ人って、結構モテるんだぜ」って誇らしげにしていましたよ(笑)。

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<並木> でも予備知識が無い状態でパレスチナに入るのは、怖くなかったですか?

全然怖くなかったです。なぜなら、周りがみんなパレスチナ人だったから「コイツらみたいな人だったら怖くない」って思ったんです(笑)僕はこれまでニューヨークとイタリアに住んだことがありますが、どんな国にいても危ないことは絶対にあると思います。でも現地出身の親しい人間がいると、それだけで安心します。

だからパレスチナに初めて行った時も、アクラム・テラーウィー(主役を演じる俳優。詳しくはPart1をご覧下さい)の親友のユダヤ人の家まで僕がタクシーで行って、彼の家でお茶して、それで彼にタイベまで連れて行ってもらいました。テルアビブの空港からは、タクシーの運転手はタイベに入りたがりませんから。でも彼はユダヤ人なのにしょっちゅうタイベに入っていますから。その彼がいるからという安心感がありました。

 

*しかし田中Pによれば、映画のラストシーンで使うセットを見張ってる最中に、複数のイスラエル兵にいろいろと尋問を受けたそう。でも・・・

<小川> 最後には名刺交換しているんですよ(笑)

<田中P> 彼らと肩を組んで写真まで撮っちゃって(爆笑)

<小川> 似たようなことが、空港でもあったんです。入国する時じゃなく、イスラエルの空港から出国する時に、イスラエル軍の人に質問攻めに遭うわけです。彼らはまだ20歳くらいで、若いんですよ。
彼らは入国の時は全然厳しくありません。「これからイスラエルで何をするか」には、彼らはほとんど何も言いません。しかもイスラエルには友人がいるから、その人の家に泊まるって言えばいい。ですが「今までイスラエルで何をしたか」については厳しく問いつめてくる。でも、結局はそれも軍の訓練の一環なんですね。

それで尋問中に彼がぼそっと耳元で「お前、日本人だよな。オレ、村上春樹大好きなんだよ」ってつぶやくんです(爆笑)そんなものです。

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Part3に続きます。こちらをクリック!

 

小川さん関連リンク

『ピンク・スバル』公式サイト:http://www.pinksubaru.jp/

 

 

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