タスヌーバ・タヒアさん (バングラデシュ)

インタビュー&構成:徳橋功
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Tasnoova Tahia
バングラデシュ料理@江東区豊洲
(2007年より日本在住)

 

 

Niki’s Kitchenのおかげで、日本での交流関係がすごく豊かになりました。

 

 

今から約1ヶ月半前(2011年4月20日現在)、大地震が日本を襲いました。多くの外国人が余震や放射能の恐怖から逃れるために日本を脱出した一方、日本に留まることを決めた外国人もたくさんいます。

Niki’s Kitchenの講師も同様です。彼女たちの多くは地震によりクラスの休講を余儀なくされましたが、少しずつ通常に戻り始めています。若きバングラデシュ人講師のタスヌーバ・タヒアさんは高層マンションの45階で被災しましたが、5月にはクラスを再開するそうです。たくさんの生徒さんが、この聡明な女性との再会を待ち望んでいます。

* インタビュー@江東区豊洲
* Niki’s Kitchenホームページ:こちらから
*英語版はこちらから!
* タヒアさんが体験した東日本大震災(中央FM): 4/16 4/23

 

お手製の料理本

料理は私の趣味です。日本食も時々作りますよ、焼き魚とかお鍋とか。

結婚した今では、料理は家事のひとつですが、でも楽しいです。私たち夫婦は月2回、多い時は25人くらいの人を招いてパーティーをするんですが、その時も私が料理します。でも「あー面倒くさい。何で私がこんなに料理しなくちゃいけないの?」と思ったことは一度もないです。だって食べてくれたみんなが「おいしかったよ」って言ってくれるから。その一言で、疲れがいっぺんに吹き飛んでしまうんです。

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タヒアさんのオリジナル料理本。何と子供の頃に使っていたものだそうです!

バングラデシュでは、家に普通にメイドさんがいます。私の家も同じで、メイドさんたちが材料の仕込みをして、母が料理をしました。私は母を見て料理を学びました。高校に入った頃ぐらいに、実際に自分で仕込みから料理までをやり始めました。他の友達がマンガやアニメに夢中になっていた頃、私の興味は料理に向かっていたんです。

 

Niki’sとの出会い

Niki’s Kitchenの生徒さんと過ごす時間はとっても楽しいです。クラスが終わってから、彼女たちが写真を送ってくれます。自分たちで作ってみた時の写真ですね。学んで、作って、その写真を送ってくれる。それがすっごく嬉しいんです。

それに、私がクラスを始めてから日本人の友達が一気に増えました。クラスを開く毎に7人の生徒さんがいらしたら、毎月のべ28人の友達ができるんですよ!その中の2人から5人はリピーターかもしれませんが、それ以外は新しく出来た友達です。こんなに友達を作れる場が、他にあるでしょうか。

私は自宅に人を入れることは全然平気です。なぜならバングラデシュでは、自宅に人を招くのはごく普通だからです。交流がとってもカジュアルなんですね。見知らぬ人と話すことも何とも思わないし、人見知りもしません。出会って5分で友達です。しかも日本はとっても安全だし、日本人はすごく親切です。
だからNiki’s Kitchenのコンセプトを聞いて、すごく興味を持ちました。

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友達が少なかった頃

私はNiki’sの先生の中でも新しい方だと思います。クラスを開いたのが去年(2010年)の11月ですから。

生徒さん以外にも、私は日本人の友達を家に招くんですが、私の料理をとても気に入ってくれた方が言いました。「Niki’s Kitchenでクラスを持ってみたらどう?まだバングラデシュ料理のクラスはないらしいよ」って。私は料理が大好きだから「これは私の経験とかバングラデシュの食文化を日本人に伝える絶好のチャンスだ!」と思いました。

大の料理好きの私だけど、教えることまでは考えたことがありませんでした。当時は日本人の知り合いもほとんどいなかったから、日本人相手にクラスを開くなんて考えられなかったんです。でもNiki’sのことを聞いたとき、すごくいいコンセプトだと思いました。

私は一橋大学でMBAを学びました。一橋には英語のMBAコースがあるんです。そこの生徒のほとんどは外国人だったので、日本人の友達を作るチャンスがほとんどありませんでした。

それ以前はベルリッツで英会話を教えていました。他の先生も同じく外国人でした。だから日本人と出会ったり、話したりする機会がありませんでした。もちろん日本人相手の英会話教室ですから彼らと話しましたが、それは教室内の話ですから、どこまで行っても「先生と生徒」でしかありませんでした。

だから「どうやったら日本人の友達ができるか」ばかり考えていました。一橋大学にいた頃、私は日本ユニリーバでインターンをしていました。職場の日本人の同僚が、次第に友達になりました。でも彼らとは日本語ではなく、英語で話していました。

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タヒアさんは料理を楽しんで教えています。彼女にとっては、料理教室が異国での友達作りの場なのです。

 

日本でMBAを取得

私はバングラデシュで経営学を学び、その後日本に来ました。元々ビジネスへの関心があったんです。レストランを開きたいと思っていたから、ビジネスのノウハウを学ぼうと思いました。だからMBAを取ろうと思ったんです。

「日本でMBA?」と言われそうですが、私の主人は日本在住のバングラデシュ人です。だから私も日本に住んで、ここで職を見つける必要が出てきました。そのためには日本の学校に行った方が有利です。

私はバングラデシュにいた頃、日本の教育システムは非常に進んでいると聞いていました。でも私の日本語能力では、講義を受けるのは無理でした。だから日本で、英語で講義を受けられる大学を探したんです。その結果、一橋大学と、新潟県にある大学に絞られました。私は主人と離ればなれになりたくなかったので、一橋を選んだんです。日本のビジネスの仕組みを学びたかったから、この選択は正しかったと思います。

バングラデシュ人にとって、日本は誰もが行きたいと思う国です。そして誰もが知りたいと思う国です。バングラデシュと日本はとても良い関係にあります。

私は子供の頃から日本に触れてきました。富士山とか桜とか着物とか緑茶とか・・・これらの言葉を、私たちは子供の頃から知っていました。

『七人の侍』『戦場にかける橋』などの日本映画も見たし、NHKの『おしん』も見ました。バングラデシュでは毎週月曜日に放送で、放送を心待ちにしていました。だから放送終了の時は、たくさんの人が泣いたくらいです。

日本はとっても魅力的な国だけど、そこに住むなんて全然想像したことがありませんでした。なぜなら言葉の問題があるから。元々留学志向だったけど、日本への留学は考えたことがありませんでした。

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とってもおいしいバングラデシュ料理の数々!

 

生まれ来る子供たちの故郷

日本は素晴らしい国。だけど私たちのようなイスラムの人には、ちょっとだけハードかな。私たちは絶対に外食しないし、スーパーでの買い物もしません。買い物をするのはハラルフードのお店だけです。都内にはいくつかハラルフードショップがあるし、オンラインでも買い物できます。だから実は、言うほど大変ではありません。

日本は私の第2の故郷です。これからも長くここにいるでしょう。私の主人、そしてこれから生まれてくる子供たちと、ここで生活を築いていくことになると思います。その子供たちにとっては、日本こそが故郷になるんだと思います。

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タヒアさんにとって、Niki’s Kitchenって何ですか?

より密接に日本社会につながるための、絶好の場です。

 

タヒアさん関連リンク

Niki’s Kitchen タヒアさんの紹介ページ:Click!
Her earthquake experience:Click!
タヒアさんが経験した東日本大震災(中央FM):4/16 4/23

 

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